ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

似鳥鶏「名探偵外来 泌尿器科医の事件簿」(光文社)

似鳥さんの最新作。医療もののミステリーというのは昨今それほど珍しいものでは

ありませんが、その中でも泌尿器科医が主人公というのは結構珍しいのではないか

と思います。身体の中でも非常に重要な器官であるものの、いざ病気になったら

病院に行くのに勇気が要る外来No.1と言っても過言ではないのでは。そんな泌尿器科

に勤める鮎川の元には、様々な症例の患者がやって来る。人に言えないデリケートな

部位である為、訪れた患者は嘘をついたり症状をごまかしたり、時には秘密を抱えて

いる場合も多く、診察は慎重に行わなければならない。そんなある日、鮎川の元に

付き添いもなく一人で、十三歳の中学生が診療にやってきた。デリケートな部位に

火傷をしたという。さほどの重症でもないようなので軟膏を出して帰したのだが、

帰した後で鮎川は、今の患者にある違和感を抱く。すると一週間後、再び同じ少年が

診療にやってきた。今度は、前回火傷をした場所の反対側に、凍傷のような傷が

出来たという。この少年に一体何が起きているのか――。

下ネタ満載ではありますが、こういうデリケートな部分に問題があった場合の症例

としてはなかなかリアルなものが多く、患者側の必死さも、それをなんとかして

あげようという医師側の真摯さも伝わって来て、なかなか読ませられる作品でしたね。

一話目の患者の少年が、質問サイトの情報に惑わされて、本来やってはいけない

ことをしてしまうくだりとか、いかにも今のSNS時代にありそうでリアリティが

ありました。それだけに、面白がって情報を与えた諸悪の根源である犯人には怒り

しか覚えませんでしたが。どうして自分と関係ない第三者に向かって、こんな悪意が

向けられるんだろう。自分と関係ないからこそ、やれるとも言えるのかもしれない

けれど・・・。こういうことを平気でやれてしまう神経がもう理解不能でした。

ラストの犯人もそうだけど。自分とは直接関係ない他人に向ける(本人にとっては)

悪気のない悪意。こういうモンスターたちが生まれてしまうのはなぜなんだろう。

ただただ、空恐ろしいと思いました。

2話目の夜尿症で悩む少年の話に関しては、完全に毒親の被害者だと思いましたね。

あんな抑圧された育てられ方したら、そりゃ鬱憤がたまりにたまって、爆発する日が

来るのは当然だと思う。だからって、少年がしたことが許されるとは思わないけどね。

犬神師長の母親に向けたタンカにスカッとしました。師長とケースワーカーの忍さん

はいいコンビですよねぇ。この二人が揃ったら、誰も言葉では敵わないのでは・・・。

この二人の女性キャラが抜群に立っていて、作品にいいアクセントになってましたね。

特に元ヤン(多分)師長のキャラは最高でした。こんな師長いるかよ!ってツッコミ

たくなりましたけど、いろんな場面でイケメン過ぎて惚れました(笑)。

3話目はもう、女の私でも読むのがキツかったくらいだから、男性が読むのは

本当にキツいんじゃないかなぁ・・・。ちょっとした出来心でやってしまったことが、

あんな結果に繋がってしまうなんて。男性にとっては、もう、この世の終わりの

ような気分になってしまう筈で。身から出た錆とはいえ、さすがにこの結末は

気の毒になりました。男性にとっては、ホラー小説よりも恐怖な作品じゃない

ですかね・・・。

最終話は、やっぱり似鳥さんらしく、スケールの大きな重大事件。なんでこう、

最後はトンデモない事件に発展させたがるのやら。泌尿器科にやってきた奇妙な

患者の症例を泌尿器科医の鮎川が悩みながらも解決する、という日常の謎っぽい

展開に留めておいた方が設定の面白さが生かせると思うんだけどなぁ。こういう

事件にするんだったら、泌尿器科医じゃなくても良くない?って感じちゃうんだよね。

ただ、ラスト、犯人に向けた鮎川の言葉は、医療全体の未来にとっても、とても

大事なもので、心を打たれました。自分の身も顧みずに、犯人の前で患者を助け

ようとした姿勢も。鮎川は、根っからの医者なんだな、と思わされました。こういう

真摯に患者や医療と向き合う人がいてくれれば、日本の医療は大丈夫って思える。

1話目の研修医みたいなヤツは絶対いらないけど(こいつはどの分野に行っても

だめだと思う)。

この回でも、やっぱり師長と忍さんの活躍が素晴らしかったですね。あと、鮎川

の同期の石田も。

師長が言ってた、鮎川押しの女性は、忍さんのことですよねぇ。ちょいちょい

アピールしてましたもんね。可愛い。でも、同期の石田もライバルになりそうな

気配があるような。鮎川鈍感そうだから、どっちからアピールされても気づかなそう

だけどね・・・。

世にも珍しい泌尿器科ミステリ。また新たなジャンルを開拓してきたなぁって

感じ。ニッチな主題だけに、新鮮な面白さがありました。

あと、相変わらずあとがきがシュールで面白かったです(笑)。

京極夏彦「書楼弔堂 待宵」(集英社)

大好きな書楼弔堂シリーズ第三弾。前作からもう6年経っているそうな。今回の

舞台は昭和30年代後半。弔堂に続く坂道の途中で、鄙びた甘酒屋を営む弥蔵が

すべてのお話の語り手を担います。老いさらばえた世捨て人のようなこの弥蔵の

キャラクターがとにかくとても良かった。商売っ気もなく、何かを諦めたような

言動は、いつもどこか哀愁が漂っていて、一体どんな過去があるのか気になりました。

その答えは最後に明らかになるのですが。この弥蔵のもとには、なぜか弔堂に行く

客人が、道を訊きに訪れる。弥蔵の店から弔堂に行くまでの道は、さほど複雑

ではない筈なのに、不思議と言葉で説明するのは難しく、弥蔵はいつも道案内を

申し出ることになり、一緒について行く羽目に。そして、道案内を終えて引き返そう

とするのだが、なぜか弔堂の主人や小僧のしほるに引き止められ、客人と共に店に

入って話を聞くことになる。弥蔵は、弔堂の主人と本を求めて訪れる客人との会話を

聞いて、世の中の様々な理を知って行く。

今回の弔堂の客は、ジャーナリストの徳富蘇峰徳冨蘆花の兄)、作家の岡本綺堂

新聞編集者の宮武外骨、画家の竹久夢二、物理学者の寺田寅彦、そして最後が

新選組のあの人。

正直、知らない人の方が多いくらいですが(無知)、どの人物も心に迷いがあって

弔堂を訪れる。そして、弔堂主人と話をすることで、自分の中で何かを得て、

後の世の活躍に繋がって行く。もちろん、弔堂との会話は京極さんが作った

フィクションなのだけれど、読んでいると、実際にこういう史実があったんじゃ

ないかと思えて来るくらいの説得力を感じました。弔堂という人は、何か万物すべての

物事を見通してるのじゃないか、と思えるくらい博識で、淡々と語る言葉に含蓄が

ありますね。佇まいは静謐で温厚なのに、妙な凄みがあるというか。京極堂とは

また違った魅力のあるキャラクターですよね。なんというか、京極さんそのまんま

って感じ。ご自身を反映させている訳ではないのでしょうけれど。小僧のしほる君が

また、何とも可愛らしいキャラクターで。今回、しほる君が暴走大八車に

轢かれて怪我をしてしまうシーンがあって、なかなかにショッキングだった。この

時代は大八車で交通事故に遭うのか、と驚かされました。保険とかもないだろうし、

轢かれ損ですよね・・・。老齢の弥蔵が、弔堂までしほる君を背負って送って

あげるシーンにはぐっと来ました。弥蔵って、なんだかんだでお人好しなところが

あって、憎めない。世の中に対して皮肉めいた言葉や諦観めいたことばかり話すので、

一見偏屈爺みたいな印象だけれど。弔堂を探す人に対して、毎度道案内をしてあげる

ところもそうだしね。

あと、人付き合いがほとんどない弥蔵を唯一気にかけてあげる、利吉の存在も

大きい。利吉がなぜ、そこまで弥蔵を気にするのか、そこは最後までわからない

ままだったけれど・・・何か、放っておけない雰囲気があったのでしょうかねぇ。

弥蔵と利吉のやり取りがとても好きだった。終盤、弥蔵の体調が悪くなった

時の利吉の言動とか。もう、完全に孫か息子状態でしたね。本当の家族とも離れて

孤独な弥蔵の生活に、利吉が関わってくれて良かったと思いました。悲しい

最後が待ち受けているのかもしれない、と覚悟しながら読んでいたのですが、

そういうラストではなかったのでほっとしました。本書刊行に際しての著者の

インタビューで、弥蔵は案外長生きするのでは、とおっしゃられていたのが

嬉しかったです。きっと、その後も利吉と一緒に、細々と甘酒屋を営んだのだと

信じたい。

ラストの作品で、弥蔵の過去も明らかになります。ちょいちょい伏線は出て来て

いたけれど、なかなかすごい人物でしたねぇ。名前は知られていないけれど、

歴史に残る事件を引き起こした張本人だったとは・・・びっくりです・・・。

どのお話もその時代の世相が反映されていて、勉強になりました。後に教科書に

載るような人物が続々と訪れる書楼弔堂。とんでもない本屋ですよね・・・。

今回も素晴らしかった。人と本との出会いを描いた基本設定の中に、ところどころに

人情味溢れるエピソードが挟まれているところもツボですし。やっぱり京極さんの

世界が大好きだなぁ。

合間に挟まれる梅園の鳥の絵がまた素敵。ビアズリーサロメが表紙ってところも

粋過ぎる。ほんとこのシリーズは手元に置いておきたいくらい装丁が神だー。

うっとり。堪能させていただきました(内容も装丁も!)。

 

 

ほしおさなえ「菓子屋横丁月光荘 金色姫」(ハルキ文庫)

月光荘シリーズ第5弾。家の声が聞こえる孤高の青年・遠野守人が主人公。月光荘

のイベントスペースの運営を任されることになった守人だったが、その前に大学院

修士論文提出が控えていた。担当の木谷先生からは、草稿を渡す度に大量の

赤字修正が入ったが、少しづつ形になって行った。晴れて論文提出を果たした小正月

守人は『庭の宿・新井』で開かれる繭玉飾り作りのイベントに参加していた。

イベントの様子を取材し、記事にして欲しいと頼まれたからだ。そこには

月光荘に住むことになってから守人が出会った様々な人が集まった。その中には、

友人の田辺の祖母・喜代も含まれていた。喜代は守人のように、家の声が聞こえる

人だった。喜代はかつて養蚕を営む家庭で育ったという。当日は楽しそうにイベント

に参加した喜代だったが・・・。

守人の修論提出もうまくいき、とりあえず卒業後の進路も決まりつつある中で、

守人はついに幼い頃に別れたきりの風間の親戚を見つけ、対面することになります。

風間側の人々はみな優しくて素敵な人ばかりでしたね。そして、守人が反発を覚えた

遠野の祖父の数々の行動の真の意味も明らかに。きっと遠野の祖父は、とても

不器用な人だったんですね・・・。ちゃんと、真実を告げれば誤解が解ける筈

なのに、守人の為に口を噤んでいた。憎まれても、恨まれても、守人を悲しませる

方が辛かったのでしょうね・・・その心中を思うと、切なくなりました。風間の

祖母の願いでもあっただけに、口を噤むしかなかったのでしょう。でも、

できれば、生前に真実を話してあげてほしかったな。守人に、遠野の祖父との

優しい思い出も残してあげて欲しかった。

そして、今回はとても辛い別れも経験することになりました。繭玉の回から

そんな予感はしていたのだけれど。守人が、また大切な人との別れを経験することに

なってしまった。それでも、悲しいだけの別れではなかったので、まだ救われた

かな。きっと彼女の魂は今も、家と共にあると信じたい。

守人が初めて自分の秘密を、『聞こえない人』に打ち明けたこともびっくりしました。

それだけ、彼に心を許しているんだなぁ、守人にそういう人間が出来て良かった、

と思えました。相手の反応にもほっとしましたしね。これから、いろいろと

相談できることも増えそうです。

蚕って不思議な存在ですよね。基本虫嫌いの私なので、当然ながらイモムシ系も

全く苦手なのですが、なぜか蚕が桑の葉をむしゃむしゃ食べている姿は可愛いと

思えてしまう。昔から『お蚕さま』と呼ばれているのをよく耳にしていたから

(いろんな場面で)、神聖な存在って印象があるせいでしょうか。少し前に、

You Tubeで、実際に蚕飼育セットなるものを購入して(そんなものがあるのも

びっくりだったけど)、家で蚕を育てる人の実録動画を観たんですよね。蚕の生態

って本当に面白くて、最後まで見入ってしまった。ちゃんと、繭を作るところまで

達成していて、すごいなぁと感心してしまった。蚕が吐く糸って、実はいろんな

色があって、その人が育てた蚕の糸は黄色というか、金色っぽかった。白い糸を

吐かせるのは、人間が改良した結果なのだとか。へぇボタン100個押したく

なりました(笑)。しかも、その人、成虫になるまで育てていて。成虫って

白っぽい蛾なんですけどね。目が退化していて見えないし、蛾なのに飛ぶことも

出来ないし、本当に蚕を育てる為にだけ生まれるっていうのが何ともやるせない。

そういうの知っちゃうともう、愛おしい存在にしか思えなくなるから不思議(笑)。

メスは卵生んだら死んじゃうらしいしね(オスも似たような感じだったような)。

昔の人は、生糸を作って下さる、ありがたい存在だったのだろうな、と粛々とした

気持ちになりましたね。

話がそれてしまった^^;きっと、喜代さんにとっても、蚕はとても尊い存在

だったんだろうな、と思いました。

次巻ではいよいよ、守人も社会人ですかね。月光荘の運営だけで食べて行けるのか

ちょっと疑問は覚えますが、とにかく川越で居場所を見つけられたのだから、

迷わず前に進んで欲しいですね。頑張れ、守人~。

 

高野和明「踏切の幽霊」(文藝春秋)

久しぶりの高野さん。新着情報で名前を見かけて嬉しかったです。とはいえ、話題に

なった『ジェノサイド』は結局未だに読んでないのですけども・・・^^;

意気揚々と読み始めたものの、物語が淡々と進んで行くせいか、なかなか物語に

入って行けないまま読み進んで行った感じでした。

物語は、婦人雑誌に読者から投稿された、下北沢のある踏切で撮影された心霊写真と

動画が発端となります。投稿先の雑誌の編集者である記者の松田は、この写真と

動画を取材し、記事にするように編集長から命じられ、調べ始めます。すると、

この踏切では最近、なぜか列車の緊急停止が相次いでいることが判明。そして、

更に調べを進めて行くと、その踏切付近で、一年前に殺人事件が起きていたことが

明らかに。松田は、この写真や動画が本物なのではないかと考え始めます。しかも、

調べを進めているうちに、松田自身も不可思議な怪異現象を経験することに。そして、

松田が行き着いたこの心霊現象の真実とは――。

少しづつ幽霊の正体が明らかになって行く過程はそれなりに面白く読んだのですが、

恨みを持った幽霊の存在が、要所要所で都合良く使われている感が否めず、若干

ストーリーに無理があるように感じました。名前のわからない殺人事件の被害者

がなぜ幽霊になって現れるのか、その謎を追って行くというのがストーリーの

肝ですが、その過程にいまひとつ意外性がなく、ご都合主義的に新たな情報がもたらさ

れるせいもあってか、全体的に読み物としての面白みに欠けるという印象でした。

合間合間に挟まれるガチの心霊現象部分は、相方不在で一人で夜中に読んでいたら

かなり怖かったですけど・・・そこ以外は普通に社会派小説の体なので、いきなり

そこだけホラー小説っぽくなって、作品の中で浮いてる感じがして、異質に

感じてしまいました。

ラストで判明する、踏切の幽霊となって出現した女がなぜ、殺人現場から歩いて

踏切まで行ったのか、その理由の部分はやるせない気持ちになって、胸が詰まり

ましたが・・・。かといって、泣けるってほどでもなく。うーむ。諸悪の根源

である政治家の末路は、自業自得なので胸がすく思いにもなりましたけど、

さすがに都合良すぎじゃない?って思いましたしね。幽霊がこういうことって

出来ないはずじゃないのかなぁ。京極さん曰く。まぁ、フィクションの作品

だから何でもありとはいえ、ね。

時代設定が1994年ということもあり、全体的な古臭さを感じてしまうのは

仕方がないところかな。その当時の方が心霊現象とかが話題になりやすかったし、

婦人雑誌が取り上げてもおかしくない。今の婦人雑誌だったら、絶対こういうネタは

載せないでしょうからねぇ。

高野さんは、『13階段』みたいな、ガチガチの社会派の方が向いているのじゃ

ないかなぁ。変に幽霊という超常現象的な要素を入れたことで、物語が薄っぺらく

なってしまった感が否めない。久しぶりに作品が読めたことは嬉しかったけど、

ちょっと期待していたものから外れていて、残念だった。

 

 

青山美智子 絵/ U-ku「ユア・プレゼント Red」(PHP研究所)

この間は表紙がブルーの『マイ・プレゼント』の方を読んだのですが、こちらは

赤バージョン。今回も美しい色彩の水彩画と詩のような優しい文章が心地良い

素敵な作品でした。画集気分で眺めるだけでも楽しいです。今回は赤が基調に

なっているので、前回の青い絵よりも温かみがあるような印象。青山さんは、

赤と青って取り合わせがお好きなのかな?それとも『赤と青とエスキース』から

インスピレーションを受けたから、本書(と『マイ・プレゼント』)が生まれ

たという方が正しいのでしょうか。赤と青というと、個人的には『冷静と情熱の

あいだ』を思い出すのですけどね(片方しか読んでないけど)。

疲れた心にそっと寄り添ってくれるような内容になっているのは前作同様。

中ですごく印象に残った文章が、ぶどうのつるを、ワルツを踊っているようだと

例えたところ。素敵な表現だなぁとうっとりしてしまった。また、それが書かれて

いる文章自体が、ぶどうのつるのようにくねくねして書かれているところもとっても

オシャレ。文章の書き方自体で内容を表現しているところも、前作を踏襲していて、

それ自体がアートのよう。面白いなぁと思いました。

あと、ザクロを見て、『こわい』と感じるところも、共感できました。私も、

昔に読んだマンガの影響で、『ザクロは血の味』って表現をすごく覚えていて、

当時からザクロの実を見ると、ちょっとぞくっとするんですよね。鬼子母神

食べたってイメージもありますしね。ザクロの実自体は、食べるとこ少ないけど、

甘酸っぱくて美味しいし、透明感があってルビーみたいで、きれいだから好き

だったりするんですけどね。

ラストの、晴れの日に書かれた手紙に出て来る『君』と『僕』って、もしかし

て・・・?

ここで繋がるって思っても良いのかな。そうだとしたら、『マイ』『ユア』と

対になって刊行された意味もわかります。赤と青に拘って書かれた意味もね。

中に額縁職人が出て来る文章もありましたもんね。

15分くらいで読める作品だけど、素敵な文章と絵が詰まっていて、心温まる

作品でした。

 

一穂ミチ「光のとこにいてね」(文藝春秋)

『スモールワールズ』で有名になった一穂さんの最新長編作。本屋大賞にも直木賞

にもノミネートされて話題になっているようですね。『スモール~』がなかなか

良かったので、新刊出てすぐに予約しておいて良かったです。そうじゃなきゃ、

読めるの何年か後とかになっていたかも。

話題になるだけあって、ぐいぐいのめり込んで時間を忘れて読み耽ってしまった。

幼い頃に運命的に出会った結珠と果遠、出会いと別れを繰り返した四半世紀の

物語。育ちも性格も正反対の二人だけど、なぜか惹かれ合い、離れている間も

お互いのことを思い続けて過ごしていた。二人の間にあるのは、友情か愛情か。

なんとも言い尽くせない二人の関係に惹きつけられました。どこにいるのか

わからなくなっても、ずっと忘れずに心の中にあり続ける存在。お互いがお互いの

ことを同じように大切に思っているのが伝わって来て、なんだか胸が苦しかった。

想い合っているのに、それが伝わっていないもどかしさもずっとあったし。

裕福な結珠と貧乏な果遠、二人の育った環境は全く違う。でも、二人とも

家族に問題を抱えているところは共通している。母親が毒親というところも。

だからこそ、二人にしかわかり合えない何かがあったのだと思う。正直、高校で

再会した時も、和歌山で再会した時も、偶然が過ぎないか?と若干引いたところは

ありました。でも、どちらの再会も、特定の人物の意思が介在していて、半分仕掛け

られた再会だったことがわかったので、大分溜飲が下がりました。とはいえ、

和歌山の方はさすがに、そんなに上手く再会できるものかな?とも思いはしたけれど。

結珠と果遠、二人の視点が交互に語られて行くので、お互いにお互いのことをどう

思っているのか、相手はこう思っているのではと不安に思っていることが、相手

視点になってみると誤解だとわかったりと、それぞれの心の動きが細かく伝わって

来て、それぞれに感情移入することができました。人物の心の動きの描写が本当に

うまい。タイトルになっている『光のとこにいてね』のシーンも、こういう意味

だったのか、と胸が締め付けられるような気持ちになりました。同じような表現が

出て来るシーンがその後にも出て来ますが、そこではまた『光』の意味が違って

いたりして、この言葉の使い方が抜群に上手い。情景描写の巧みさも光っていた

と思う。

個人的には、第二章の高校での再会のパートが好きだった。結珠と再会出来たと

浮かれて隣のお姉さんに報告する果遠が可愛かったし、クラスでの立ち位置の違い

から距離を取らなければと容易に話しかけないようにする姿はいじましかった。

それに、終盤で結珠を助ける為に藤野に直撃したところはヒーローのようだった。

まぁ、結果として成功したとは言い難かったけれども・・・。

第二章まで読んだ限りでは、これは今年のベスト作品かも、くらいに思ってました。

ただ、第三章に関しては、なんとなくモヤモヤが残りました。結珠がまさかの相手と

結婚していたところにまずびっくり。いや、結婚したってわかった時点で、相手は

多分その人だろうとは思ったんですけどね。それに、その人で良かった、とも

思ったし。果遠の相手の方が意外だった。もちろん、そこに至るまでにいろんな

出来事があった上だったことが、読んでいくうちにわかるんですけども。一体

どこにモヤモヤが残ったのかというと、最後の果遠の選択に、です。水人との

話し合いの結果なのはわかるのですが・・・やはり、瀬々があまりにも可哀想

ではないのかと。自分の母親と同じようなことをした訳で。あんな風に別れて

しまったら、もう会えなくなってしまう。そこはやっぱり、身勝手な母親としか

思えなかったです。結珠に対しても、最後騙し討ちみたいで後味悪かったし。

ただ、最後の最後、結珠がああいう行動に出るとは思わなかった。そこまで果遠

に対して執着しているとは思わなかった。結珠の執念深さには、ある種の爽快さ

さえ覚えましたけどね。あのあと二人はどうなったのか。どんな結果にせよ、

二人の絆は一生切れることはないのだろう、と思えました。家族よりも深い絆

で結ばれた二人なのだろうな、と。そんな運命の人に出会えるってきっと幸せ

なことなんだろうな、と思わされました。ただ、巻き込まれる家族は迷惑だろう

けど・・・。一番可哀想なのは結珠の夫ですよねぇ。あんないい旦那、なかなか

いないと思うけどなぁ。思いやりあって、理解力もあって。結珠に無償の愛を

注いでくれる。もっと大事にしてあげて欲しいけど・・・それでも、果遠に対する

想いには勝てないっていうね。虚しい・・・。

結珠の弟・直も素直な良い子で好きでした。いろいろと可哀想な境遇で、これから

強く生きていって欲しいと思いましたね。結珠の母親があまりにも毒親過ぎて

引きました。結珠に対しても酷かったけど、直に対しても酷過ぎる。こんな母親

いらないよ、と怒りしか覚えなかったです。せめて結珠と直が和解出来て良かった

です。結珠には、直の味方でいてあげて欲しいです。

 

最後の最後まで息もつかせないくらい、二人の物語に引き込まれました。

ラストは賛否両論ありそうですが。

でも、読み応えのある作品なのは間違いないと思う。一穂さんの筆力が光る作品

でした。

 

 

青柳碧人「名探偵の生まれる夜 大正謎百景」(角川書店)

青柳さん最新作。面白い趣向の作品を次々と生み出す青柳さん。今回も、大正時代に

活躍した実在の人物を登場させ、様々な謎を解き明かすという、また違った切り口の

大正浪漫ミステリー集でした。

登場するのは、教科書に登場するような有名人ばかり。どこまで史実に忠実なのか

その辺りは想像するしかないけれど、実際、こういうエピソードがあったら面白い

かも、と思える作品ばかりでしたね。ちょっとほろっとさせてくれるものや、

心温まるものが多かったかな。実在の人物が探偵役を担ったりする分、謎解きの

難易度は低めですが、主要人物の奇矯な振る舞いや人物像の面白さが、物語の

ドラマ性を引き立てていたと思う。実在の人物がこうだったら面白いな、と思い

ながら読んでました。

短編集としても、ラストの『姉さま人形八景』で、それまでに出て来た人物が

複数再登場して、一枚の切り絵から始まる作品を壮大な物語に仕立てている手腕に

感心しました。この人があの人と繋がって~・・・と人物関係を把握するのに

ちょっと苦労しましたけどね。人物相関図が欲しいと思っちゃいました^^;

個人的には、ハチ公とその飼主の上野英三郎が出て来る『渋谷駅の共犯者』

好きかな。スリの仕立屋銀次のキャラが良かったです。ハチ公の賢さが光る

ラストも好きでした。

あとは、遠野の舞台にした『遠野はまだ朝もやの中』も、遠野が舞台なだけに、

妖したちが活躍して、京極さんっぽい雰囲気が好みだった。柳田国男南方熊楠

加えて宮沢賢治まで登場しちゃいましたからね。岩手っていうのは、すごい人が

集まる土地だったんだなぁと感慨深いものがありました。

ミステリー的に一番感心したのは、芥川龍之介が出て来る表題作の『名探偵の

生まれる夜』かな。児童文学雑誌創刊を目論む鈴木三重吉が、原稿依頼をしている

芥川が執筆を渋っている為、執筆のヒントになればと最近耳にした不思議話を話して

聞かせる話。ある女性に恋をした冴えない男が、なんでも叶うという檜乙神社に願掛け

をしたところ、その男が世話をしていた亀が急死したことをきっかけに、結果として

恋が成就したという。亀の死という儚い犠牲を経て恋が成就するというエピソードが

童話に繋がるのではと三重吉は語るが、芥川はこの話に違和感を覚え、真相を

推理するという話。芥川の理路整然とした推理には感心しました。自分が世話を

していた亀を殺してまで恋を成就させようとした男のエゴにはムカムカしました

けどね。

総じて、平塚らいてう相馬黒光松井須磨子といった大正時代に活躍した女性は

逞しいなぁとも思わされましたね。

大正時代に名を馳せた著名人たちの鮮やかな活躍が生き生きと描かれていて、

なかなかに興味深く、勉強になる一作でした。