ミステリ読書録

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宮部みゆき「孤宿の人 上・下」/新人物往来社刊

宮部みゆきさんの時代長編「孤宿の人 上・下」。

四国、讃岐の国、丸海藩。藩医の井上家に奉公している孤児のほうは、幼くして数奇な運命を
辿り、ようやく安息の地で人並みの暮らしを続けていた。そんなほうを可愛がり、愛情を注いで
くれていた井上家の一人娘・琴絵がある日毒殺された。その直前に上級藩士の一人娘・美弥が琴絵
を尋ねる姿を目撃しいていたほうは、美弥が毒殺の犯人だと進言するが、井上家の人々は琴絵の死
を病死だと言い張り、ほうは井上家から追い出されてしまう。そんなほうを助けたのは、引手見習い
の少女・宇佐だった。井上家の人々が琴絵の死の真相を隠蔽した裏には、ある一人の人物の存在が
あった。やがてこの人物とほうは意外な関わりを持つことになる。宮部みゆきが放つ、感動時代
長編。

実は宮部さんの時代ものを読んだのは初めて。私にとって宮部作品で唯一鬼門になっている
のが時代もの。家には姉が買ったものが結構あるのですが、もともと時代ものが苦手な私には
いまひとつ食指が動かず、ずっと手に取って来なかったのです。読もうと思った時にはどれが
1作目かわからなかったりというのもありましたし。この作品はノンシリーズもののようでした
ので、なんとなく初挑戦してみました。
宮部さんの文章は大好きなので、作品自体にはぐいぐい入り込んでいけました。でも、本当に
読んでいて切なかった。特にほうの身に起こる数々の出来事。こんな小さな健気な少女に、
どうしてこんな過酷な運命がつきまとうのか、運命の残酷さに胸がえぐられるような思いがしました。
深い慟哭を禁じえない作品。魂をゆさぶる傑作。いろんな表現がされているようですが、まさに
その通りでした。ラストはどこまでも悲しく、切なく、やるせない。それでも、名作だと思えたのは、
悪鬼悪霊と恐れられた加賀様とほうの、静謐な中での、心がほっこりと温かくなるようなやりとり
が心に響いたから。言葉少ない加賀様と、純粋無垢なほうとの心の交流。本当に短い時間だけれど、
どちらにとっても、人生の中で最大とも言える濃密な時間。ああ、いいな、と思いました。
ただ、ほうの周りの人々、ここまで不幸にならなくてもいいんじゃないの、とも思いました
けど。なんだか、どこまでも救いがないので、やりきれない感情が残ってしまった。

宮部さんという人は、本当に文章力、構成力、そして、人の感情を揺さぶる素晴らしい表現力
を持っている作家だと思います。それが時には感動だったり、嫌悪だったり、様々なのですが、
何かを感じさせることが出来ることは確か。そして、小説を読んだ時に、そういう感情が
沸き起こった作品というのは長く心に残る。宮部さんの作品が人気がある理由はこの辺にあるの
ではないかな、と思う。「模倣犯」なんて、犯人に対してどこまでも許せないという感情が
つきまといましたからね。こんな悪い人間がこの世に生を受けて良いのか、と。そんな悪感情しか
感じなかったのに、しかもあんなに長い話なのに、読む手が全く止められなかった。それはやっぱり
宮部さんの文章力ゆえなんでしょう。

でも、私が一番好きなのは、やっぱり初期作品のような、少年たちが主人公のミステリなんだよなぁ。
最近全然その手の作品が書かれないので、ちょっと悲しいです。宮部さんの描く少年が大好き
なので。今度はファンタジーではなく、ミステリでお得意の聡明な少年を登場させて欲しい
ものです。