ミステリ読書録

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森雅裕/「モーツァルトは子守唄を歌わない」/ブッキング刊

森雅裕さんの第31回乱歩賞受賞作「モーツァルトは子守唄を歌わない」。

モーツァルト没後18年が経った1809年6月15日。作曲家ベートーヴェンは、
モーツァルトの私生児と噂される娘・シレーネが楽譜屋と言い争っている場面に出くわす。
彼女の戸籍上の父が遺した『子守唄』がモーツァルト作と偽って出回っていたことに
憤慨した為らしい。居合わせたベートーヴェンに事情を話すが、興味を持たないベートーヴェン
は取り合わない。しかし、ベートーヴェンのピアノ協奏曲公演の練習中に、その楽譜屋の
死体が発見された事から、ベートーヴェンは結局『子守唄』とモーツァルトの死の謎を
追うことになる。シレーネ、弟子のツェルニー、そして少年シューベルトも協力者にして、
意外な様相を見せる事件の謎に迫る。

本書は、どうやら長らく絶版扱いだったらしく、いろいろな過程を経て再出版に
至ったらしいです。乱歩賞作の中でもかなり人気のある作品のようなのですが、なにやら
諸事情があったようで。その辺りの説明はあとがきで著者自身が多少触れているのですが。
摩夜峰央氏(言わずと知れた「パタリロ!」の作者)の表紙とカラフルな題字に惹かれて
手に取ってみました。

で、本書の感想ですが。いや、面白かったです。ですが、いかんせん、私に音楽の知識が
欠けているせいで、譜面の暗号のあたりは完全に意味不明。宇宙人の言語かと思いました^^;
全体的には読みやすい文章なのですが、特殊な音楽用語やその時代の政治的背景などが
自分には難しく、文脈を辿るのが精一杯の部分もありました。
ただ、モーツァルトの死の謎に迫るというテーマは非常に面白く、それを追うベートーヴェン
御一行の人物造詣などはそれぞれに良かったですね。特に弟子のツェルニーとのやりとりは
まるで漫才コンビのよう。ラストでそれを目指そう的な言葉も飛び出しますし。事の真相も
当時の時代背景を考えると、案外ありそうな説得力を持っていて、感心しながら読みました。
ただ、真相を読んでモーツァルトファンは憤るかもしれません。あくまでフィクションだと
肝に銘じて読むことをお薦めします。

それにしても、あとがきを読む限り、この森さんの著作はかなり絶版の憂き目に遭っている
ようです。私は本書が初めてだったのですが、ファンの方には悲しいことですね。どうやら
作家と出版社側の関係の悪化の問題だったようですが、ニーズがあるのに絶版というのは酷い。
私なんか素人だから、出版社というのは、作家に対して「先生、先生」と持ち上げるばかり
なのかと思っていたのですが、それは本当に一部の人気作家だけのことのようですね。売れない
作品は即見限られ絶版になる、という出版業界の苦しい事情を垣間見た気がしました。
ただし、本書は読者からの熱望によって、再版にこぎつけたようです。埋もれさせておくには
惜しい一作であることに間違いはないので、是非ともいろんな方に読んで頂きたいですね。
続編もあるようなので、そのうち読んでみようと思います。