ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

窪美澄「たおやかに輪をえがいて」(中央公論新社)

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窪さん最新作。結婚20年の平凡なパート主婦、絵里子が主人公。結婚生活は

順風満帆とは言えないものの、そこそこ平穏に上手くやってきたつもりだった。

しかし、ある日夫のクローゼットの中で、風俗店のスタンプカードを見つけ、

そこから夫への不信感が芽生え始める。その上、大学生の娘が道ならぬ恋に落ちて

いることも知ってしまう。自分の知らない夫や娘の一面を知って、今まで築いて

来た家族というものに自信を失くした絵里子は、一時的に家族から離れる決意を

するが――。

テーマは家族の再生でしょうか。真面目だと思っていた夫が風俗に通っていたと

知って悩む主人公の絵里子。妻に内緒で夜のお店に通う夫って、結構世間にも

多いんじゃないのかなぁ。確かに知ったら知ったでショックなのかもしれないけど、

絵里子がはっきり夫に問い詰めもしないでぐじぐじと悩んでいるところに、

ちょっとイラッとしました。でも、実際自分が絵里子の立場だったら、やっぱり

問い詰めたり出来ないものなのかも。波風立てたくない気持ちが先に立ってしまって。

信じていたからこそ、裏切られた気持ちが強いんでしょうね。夫にも娘にも言いたい

ことが言えなかった絵里子が、家族と離れて暮らし、旅をしたり仕事をしたり、いろんな経験をすることで強くなって行き、一人の人間として成長して行くところは爽やか

でした。年齢を重ねても、自分を磨くことって大事だと思うし、一人の女性として

強く生きて行けるようになった絵里子は、うだうだと悩むパート主婦の時よりも

ずっと輝いていると思いました。ただ、高級下着店を営む友達から住む所も提供

してもらえて、店長としての仕事も任されるとか、さすがに上手く行き過ぎかな、

とちょっと白ける感じも。普通は家族から逃げても行き場がなくて途方に暮れる

ものだし、仕事だって、何の資格もないようなホームセンターのレジ打ちパート

主婦の絵里子がすぐに次の職が見つかるとは思えない。その辺りはもう少し

リアリティが欲しかったかなぁ。女友達がレズビアンで、彼女と一緒に住む駆け出し

のカメラマンの女の子が、あっさり写真の賞を獲ったり個展を開けたりするところも

ご都合主義的だしね。

好きだったのは、家族から離れて旅に出た絵里子が、旅先で乳がんに罹った

老女と行動を共にするところ。老女の生き方はいろんなものを振り切っていて、

かっこいいな、と思いました。この世からいなくなる時に機嫌よく死にたい、

という彼女の言葉が心に残りました。旅から帰ったら乳がんの辛い治療が待って

いるのに、やりたいことをやって、生きたいように生きようと断言出来る彼女の

強さが眩しかったです。

やりたいことを見つけた絵里子が、夫との関係にどう決着をつけるのか、そこが

最後まで気がかりでしたが、収まる所に収まったって感じですかね。最後もやっぱり

都合良すぎでは?とも思いましたけど、こういう終わり方でほっとしている自分も

いました。結局、夫が風俗に走った理由はよくわからないままだったので、そこは

ちょっと腑に落ちないものがありましたけど。娘の恋愛も、もう一波乱あっても

良かったかも。なんか、内容の割にページ数が多すぎて、中だるみした感じは

否めなかったな。もっとコンパクトにまとめた方が読みやすかったのでは。

書きたいことが分散しちゃった感じ?窪さんの筆致は好きなので、これで見限る

とかは全然ないんだけど、もう一歩テーマに踏み込んだ作品が読みたいかな。

タイトルの意味は、最後の最後でわかります。このラストはいいですね。これから

の二人を暗示しているようで。夫婦はこんな風にいられるのが一番いいんじゃ

ないかな。