ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

伊坂幸太郎「逆ソクラテス」(集英社)

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伊坂さん最新刊。デビュー二十周年記念作品だそうな。先入観をひっくり返す、を

テーマに、子どもたちを主役に据えた物語5作。どれもが、伊坂さんらしい

文章やキャラクターで溢れていて、やっぱりいいなぁ、好きだなぁとしみじみ

思わせてくれる作品集でした。伊坂さんの優しい目線が随所に感じられましたね。

胸を打つ言葉もたくさん。ところどころ、各作品にリンクがあったりするのも

ニクイ。小さな伏線が意外なところで効いてくるんだよね。それが伊坂さんの

上手いところ。どれも良かった。

では、各作品の感想を。

 

『逆ソクラテス

思い込みが激しい教師の先入観をひっくり返す為、子供たちが立ち上がる物語。

先入観で話す人物に対して、『僕は、そう思わない』ということの勇気と正しさに、

胸を射抜かれました。安斎の考え方、いいなぁ。すごく好きだ。こういう友達が

いたら、絶対外れた道に行くことはないだろうな。子供時代の友達ってほんと

大事だな。でも、ラストで、誰かが見かけたという、安斎の現在の姿に愕然と

しましたけど。でもでも、絶対本質は変わってない筈だよね。

 

『スロウではない』

寄せ集めのリレーチームが大逆転を起こす!?お話。転校生の高城かれんの

転校前の秘密には驚かされました。足が速いことを隠していたことや、お守りの

ペンダントのことにも、彼女の秘密を知って腑に落ちました。やったことは

消せないけれど、彼女が変わろうとしていたのは事実であって、その気持ちが

大事なんじゃないかと思いました。でも、やられた方の気持ちはまた別なんだ

ろうけどもね。子供のやったことだからって、許される問題でもないしね。

でも、大人になった彼らが幸せそうなので良かったです。

 

『非オプティマス』

学級崩壊寸前なのに、担任の久保先生は特に対応もせず、やる気がない。覇気も

精気もない久保先生は、二年前に恋人を亡くしていた。ある日、僕と福生

同級生の潤のお父さんと久保先生の会話を聞いてしまう。久保先生の恋人の

事故には潤のお父さんが関わっている――!?

相手を見て態度を変えるのは嫌ですね。裏表がある人は苦手です。現実には、

そういう人を何人も見て来ているので。福生がいつも同じぺらぺらの服を

着ている理由にほっこりしました。人は見た目で判断しちゃダメですね。

 

『アンスポーツマンライク』

小学生の時のバスケ部仲間5人で五年ぶりに集まった。理由は、その時一時期

バスケ部のコーチをしてくれていた磯憲が、癌で入院していると聞いたからだ。

少六のミニバスケ最後の試合、駿介が最後にアンスポーツマンライクファウルを

取られた。相手にフリースロー二本が与えられ、相手からのリスタートとなり、

そのまま僕たちはあっさり負けてしまった。僕は、あの頃からいつだって

あと一歩が踏み出せないのだ――。

『スロウではない』に出て来た磯憲が再登場。でも、あまり見たくない姿での

再登場なのが悲しかったです。あと一歩が踏み出せない主人公の歩が、子供

たちを助ける為に勇気を出せたことが嬉しかったです。そして、磯憲のことが

最後まで気がかりでしたが、最後にいい情報が聞けてそれも嬉しかった。

 

『逆ワシントン』

僕の母はいつも、ワシントンの桜の話をする。ワシントンは桜の木を

切ったことを正直に話したことで褒められた、と。何でも、正直に言うことが

大事なんだと――。

友達の靖が新しい父親に虐待されているかもしれないと思い始めた僕と倫彦は、

クレーンゲームでドローンをゲットして靖の家を観察することを思いつくのだが。

悪いことをしたらちゃんと謝る。やったことを正直に話す。当たり前のことだけど、

当たり前にできない人が多い世の中ですよね。子供の頃から、親からこういう風に

しつけられたら、ちゃんとした人間になれるのかも。主人公の母親の教えが

すごく的を射ていて、かっこいい大人だなぁと思いました。特に、姉の教室で

いじめについて発言した時の言葉が言い得て妙だなぁと感心しちゃいました。

いじめたら、いじめられた側は将来まで絶対そのことを忘れない。今やったことが、

将来の自分に響いて来るって言われたら、結構怖いかもしれない。説得力あるなぁ、

と。それを子どもたちの前で発言しちゃうところもなんかすごいな、と思いましたし。

お母さん、やるなって感じでした。母親の『真面目で約束を守る人間が勝つ』って

言葉も好き。そうそう、そういう人間が最後には報われる世の中であってほしい。

ラスト、『アンスポーツマン~』に出て来た例の犯人が、家電量販店で真っ当な

店員になって、プロになった駿介の試合を観られていることが嬉しかったです。

その真面目さにやられて、商品買っちゃうお母さんの優しさにもしびれたー。

最後の最後まで、優しさに溢れた物語だったのが、伊坂さんらしくて、何より

嬉しかったです。