ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

夏川草介「始まりの木」(小学館)

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神様のカルテの夏川さん最新作。今回は、日本全国各地にフィールドワークに

行く民俗学者とその助手の物語。現代版遠野物語って感じですかね。民俗学者

活躍する作品といえば、なんといっても、私の中では北森鴻さんの蓮丈那智シリーズ。

あのシリーズで民俗学の奥深さは学んでいたので、本書もすんなりと入って行けまし

た。日本古来から、その土地その土地に伝わるものを学ぶ民俗学という分野は、

日本人も知らない日本を深く学ぶという意味では、すごく大事な学問でもあると

思いますね。

本書に出て来る民俗学者・古谷神寺郎は偏屈な性格で言葉は辛辣だけど、学問に

対しては深く含蓄のある発言が多い。だから、大学院一年目の彼の助手・藤崎千佳は、

罵倒されながらも神寺郎がフィールドワークと称して地方を旅する先について回って

あれこれと世話を焼くのだと思う。神寺郎も、千佳のことを口ではさんざん悪口

言ったりするけど、きちんと研究者として認めているから、側にいさせるんだろうな、

と思えました。二人の距離と関係がとても良かったですね。

青森、京都、長野、高知と巡り、最後は東京の文京区。二人で日本各地に赴き、現地の

自然やしきたりや伝統に触れ、フィールドワークを行う。ロードノベル的な楽しみ

もあり、情景描写も美しく、私も二人が訪れる土地を訪れてみたくなりました。

ただ、派手な事件が起きたりする訳ではなく、説明的な部分も多いので、若干

冗長に感じて退屈なところもあったかな。もうちょっとストーリーに緩急があったら

良かったかも。ラストの古刹の住職とのエピソードは夏川さんらしくて感動的

でしたけど。長野で神寺郎が倒れた時は、絶対イチさんが出て来ると思って期待

したのだけど、そっちじゃない人が出て来ましたね。読んでる時は名前に聞き覚え

はあるけど、誰だっけ?状態だったのだけど(おい)。後で調べて、あーそっか、

あの人かぁと思いました。イチさんと神寺郎を出会わせてみたい気もするけどな。

なんか、妙に話が合いそう。イチさんって若いのに、老成した雰囲気ありますしね。

樹齢何百年の大木って、それだけで神が宿ってそうな感じはしますよね。私も

観光スポットとかでそういう大木に出会うと、すごくパワーをもらえる感じがします。

でも、最終話では樹齢六百年超えの枝垂れ桜が道路拡張の為に切られるという

エピソードが出て来て、やりきれなくなりました。そんな貴重な古木なら、保護

しようという反対派の意見も出て来そうな気もするんだけど、時代の流れで仕方が

ないのかな。花ももうほとんど咲かなくなっているというし。それでも、残さなきゃ

いけないものって絶対あると思うんですけどね。移り変わりの激しい現代にこそ、

日本古来から伝わる自然や言い伝えを残して行くべきなんじゃないのかな。なんでも

かんでも、新しくすればいいってものじゃない。山や川や森に宿る神の声にもっと

人間は耳を傾けるべきなんじゃないか、とこの作品に教えられた気がしました。

神寺郎の言葉『これからは民俗学の出番だ』に、深く頷く自分がいたのでした。