ミステリ読書録

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坂井希久子「妻の終活」(祥伝社)

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ブログ友達のわぐまさんから、随分前にお薦めして頂いていた作品。予約が多くて

大分待たされましたね~。坂井さんの作品は、アンソロジーで短編しか読んだことが

なく、ほぼ初めましてに近い状態。でも、アンソロジーで読んだ時かなり高評価

だった覚えがあるので、楽しみにしていました。

タイトルからだいたいの内容は予想出来ましたが、想像以上に身につまされる内容

でしたねぇ。なんか、わぐまさんが私に読んでほしいとおっしゃった意味がわかった

気がしました。老後、夫婦ふたりの生活になってから、突然突きつけられた妻の

余命宣告。家事も子育てもすべてを妻に任せて来た何も出来ない夫が、妻の介護と

死、そして死後の自分の生き方と、どう向き合って行くのか、というお話。

主人公は老舗の製菓会社を長年勤め上げ、定年退職後も嘱託として働く70歳の

一ノ瀬廉太郎。ある日、突然、妻からガンで余命一年であることを告げられる。

仕事一筋で、家庭内のことはすべて妻に任せて過ごして来た廉太郎にとって、

その宣告は青天の霹靂であった。亭主関白で頑固な廉太郎は、なかなか妻の余命と

向き合うことが出来ずに、ただおろおろとするばかり。そんな夫を尻目に、妻の

杏子は自分の死を冷静に受け止め、終活を始めるのだが――。

始めは亭主関白でモラハラ気味の廉太郎の言動にイライラムカムカしっぱなし

だったのですが、妻の杏子から少しづつ家事のやり方を習得し、病気で弱って行く

彼女を献身的に支える姿に、少しづつ好感が持てるようになって行きました。人間、

本当に大事な人の為なら変わって行けるものなんですねぇ。杏子さんが本当に

よく出来た奥さんなので、こんなに素敵な人が余命わずかという現実が、読んでいる間

ずっと重くのしかかってきて、胸が苦しかったです。自分の死後、取り立てて趣味も

なく、友達もいない夫が孤独になるのを心配して、町内会の集まりに出席させ、

ご近所さんとの付き合いを広げてあげようとする辺りもすごい。だって、その思惑

通り、町内会の溝掃除がきっかけで隣家の老人と懇意になって、将棋という趣味まで

出来た訳だし。自分がいなくなった後の夫の人間関係にまで気を配れるって、

なかなか出来ないことだと思う。しかも、自分は闘病中で日に日に体調も悪く

なって行っているというのに。

私が一番好きなシーンは、杏子さんが大切にしている蔓バラを、彼女の指示に従って、

廉太郎が剪定するところ。私もバラの剪定毎年やるんで、杏子さんの言葉には

いちいち共感出来ました。表紙の白バラがその杏子さんのバラなんでしょうね。

最初は言われるがままにイヤイヤやってる感があった廉太郎ですが、お世話をする

うちに、廉太郎自身もバラに対する愛着が湧いて行くところが嬉しかったです。

植物は、お世話をした分、花が咲いたり実がついたりして、成長して返してくれる

ものですからね。廉太郎が世話した甲斐あって、きれいな花を杏子さんが目にする

ことが出来てよかったです。

終盤、杏子さんがどんどん病魔に冒されて行く様子がリアルで、読むのが辛かった。

杏子さんが弱くなればなる程、廉太郎が優しくなって行くのも切なかったな・・・。

旅行の予定を立てた時は、嫌な予感しかしなかった。なんでもうちょっと早く計画

しなかったのか、と思えてしまって。

廉太郎は、杏子さんの病気と向き合うことで、自分にとって本当に大事なものに

気づけて良かったと思う。本当は、杏子さんが元気な時にもっと早く気付けて

いたら良かったのだろうけれど。でも、完全に手遅れになる前に、気づかせてくれた

ことに一生感謝するんじゃないかな。

長年連れ添った夫婦の終活について、いろいろ身につまされる所が多かった。うちは

廉太郎夫婦とは違って子供もいないから、余計に一人になった時のこととか

考えておかなきゃいけないんだろうなぁ。ただ、廉太郎と大きく違うところは、

我が相方の家事能力は、料理以外はほとんど私よりも上ってところです。だから、

杏子さんみたいな心配は全く必要なし。私がいなくても、十分一人で暮らして

行けると思います。料理だって普通並には出来ますし、対人能力も私より優れてるし。

どっちかというと、私が一人残される場合のほうが悲惨かも・・・(しーん)。

若干廉太郎のキャラが団塊の世代ステロタイプ過ぎるきらいがあるような気も

しましたが、夫婦の晩年の在り方について、深く考えさせられるお話でした。

ラストで判明する廉太郎の裏切りの件だけは、ちょっと蛇足に感じたな。あれが

なければ普通に感動作として読み終えられたのに、何か、ラストで呪いをかけられた

かのような後味の悪さが少し残念だった。きっと作者は、杏子さんは優しいだけの

女性じゃないと仄めかしたかったのかもしれないですけどね。

なかなか読み応えのある良作でした。読めて良かったです。お薦めして下さった

わぐまさん、どうもありがとうございました!