ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

貫井徳郎「悪の芽」(角川書店)

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貫井さんの最新長編。銀行員の安達は、仕事もプライベートも順風満帆の生活を

送っていた。しかし、ある日、世間を震撼とさせた無差別殺傷事件の犯人が、

小学生の頃自分の発言がきっかけで、いじめに遭った同級生の斉木だという事実に

気づく。一部の報道で、斉木の人生は小学生の頃のいじめがきっかけで狂い始めた

ことが伝えられた。安達は、斉木の凶行の原因は自分が発した一言にあったのでは

ないかと苦悩し始める。安達の苦悩は続き、挙句の果てにパニック障害で会社に

行けなくなってしまう。仕事にもプライベートにも行き詰まった安達は、本当に

斉木の凶行の原因が自分にあったのか調べようと決意する。斉木は、無差別

殺傷事件を起こしたその場で、自らに火を放ち死亡していた。斉木の悪の芽は

本当に安達が生じさせてしまったのだろうか――。

アニメと無差別殺傷事件――というと、どうしてもあの京都アニメーションの事件を

彷彿とさせずにいられませんでした(あれはアニメーションの制作スタジオでした

が)。

本書の事件では、犯人は凶行の直後に、自らに火を放ち死亡してしまいます。

なぜ犯人がそんなことをしたのか、動機は永遠にわからない状態になってしまった。

主人公の安達は、そんな犯人と小学生時代に同級生であり、当時いじめにあって

いた犯人がいじめに遭うきっかけを作った張本人だった。結局、そのいじめが

きっかけで犯人である斉木は不登校になり、中学に上がっても学校に通うことは

できなかった。斉木は、いじめが起きる前は、多少消極的な性格ではあったものの、

ごくごく普通に小学校生活を送っていたのに。安達は、その事実を知って、あの

いじめのきっかけになる一言が、斉木の凶行の悪の芽になったのではないかと

考えるようになり、斉木のことを調べ始める――という流れ。安達のように、

学生時代に自分がいじめに加担した人物が、後に大事件を起こしたとしたら――

やっぱり、世間が自分に気づいた時の反応が怖くなって怯えることもあるかも

しれないなぁと思いました。ただ、大抵のいじめっ子は、安達のように精神が

不安定になる程動揺はしないでしょうね。いじめって、やられた方は一生忘れない

けど、やった方は大抵自分のしたことなんて忘れてしまうと言いますから。

元に、斉木いじめの主犯格だった真壁は、多少の罪悪感は覚えたものの、

安達のように思い悩むことはなかった。ただ、真壁の息子がいじめ問題で悩む

エピソードは出て来ましたが(息子本人がいじめられた訳ではなかったですけど)。

正直、真壁の息子への懺悔とかアドバイスは、空虚なものにしか感じられなかった。

いじめを行っていた人間が、何を偉そうに息子にアドバイスしてんの?って思い

ました。自分がいじめを行っていたからこそ言えることがある、とか、身勝手にも

程がある、と腹が立って仕方なかったです。しかも、自分がいじめた人間が、

最近世間を震撼とさせた犯人だった事実は伏せたままで。腑に落ちないのは、

息子のいじめ事件が、真壁の発言のおかげで収まったという事実。いじめを

行う人間は、周りの人間の意見なんか聞かないと思うけど。しかも、真壁の章は

その後全く出てこないままフェードアウト。真壁という人物の扱いが中途半端で

残念だった。どちらかというと、斉木の犯行に一番罪悪感を覚えるべきなのは、

安達よりも真壁の方だと思うんだけど。たしかに、安達の発言さえなければ

真壁がいじめを始めることもなかったのかもしれないけどさ。でも、絶対的に

いじめを始めた主犯格の方が悪者だと思うけど。まぁ、これは人間性の問題

なんでしょうね。結局、神経が図太くて図々しい人間の方が得をする世の中

なんでしょう。

終盤、安達は斉木の凶行の動機を理解します・・・けど、うーん。なんだろうなー。

全然、納得できなかったな、私は。それじゃ、完全に逆恨みでしかない。

少しづつ明らかになる斉木自身の性格や行動と、全く合致しなくて、違和感

しか覚えなかったです。本当にそんな動機であんなことを仕出かしたんでしょうか。

結局、本人が死んでしまったから、真相は闇の中でしかないのですけど。凶行が

ニコンで行われた理由にも首をかしげてしまったし。帯では『驚愕の真相』

と謳われていたらしいけど、ちょっと煽りすぎじゃないかなぁ。少なくとも、

私はがっかりした。貫井さんの社会派小説は外れがないだけに、ちょっと肩透かし

だったことは否めないです。リーダビリティがあるだけに、いろいろなことが

中途半端で勿体ないな、と思いました。題材は良かったと思うけどね。安達の

奥さんが実によくできた妻で、パニック障害を患う夫を支えて、常に寄り添う

姿勢に好感持てたのが、唯一の救いだったかも。