ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

一穂ミチ「スモールワールズ」(講談社)

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確か、王様のブランチで取り上げられていて、興味を引かれて予約した作品。

直木賞候補にも上がったらしく、回ってくるまでにかなり時間がかかりました。

なるほど、読んでいて、なかなかの実力者だな、と感じる部分は多かったです。

ちょっとづつ各作品がリンクしていくところもそうですし、文章表現なんかも

時折はっとさせられる描写があったりもしますし。作品全体の構成も上手いと

思いましたし。ただ、気になったのは、そうしたリンクさせていく構成や、

取り上げられている題材なんかが、どれもが以前に誰かの作品で読んだ覚えが

あるような、二番煎じな印象を受けてしまって、ちょっと勿体ないかなと思いました。

こういう作風の作家さんが最近増えているせいかな。それぞれに上手い作品だとは

思うのですけど、この作家さんならではの独特のカラーみたいな個性があんまり

感じられなかったような。ただ、唯一、二作目の『魔王の帰還』だけが強烈な

個性の登場人物が出て来て、続編読みたい!って思わせてくれたところは良かった。

この作品だけを取り上げて連作集にしてくれた方が、個人的には高評価だったかも

しれない位。他の作品は結構後味悪いものが多いからなぁ。多少の毒があった方が

最近は受けがいいのでしょうけどね。ただ、それぞれの作風や題材は違ったものに

チャレンジされているので、それは評価したいところかな。いろんなタイプの

作品を書かれていても、登場人物がちょっとづつリンクしていたりするので、

まとまりのある短編集にはなっていると思います。かなり文章力や構成力はあると

思うので、次回作以降も注目して行きたいかな。

 

では、各作品の感想を。

ネオンテトラ

妊活している結婚8年目の主婦が主人公。色々と胸が苦しくなるお話ではありました。

妊娠検査薬の判定が陰性で落ち込む妻を表面では慰め、励ましながら、裏では若い

女と浮気をする旦那には殺意が芽生えましたねぇ。でも、主人公は主人公でそれを知り

ながら目をつぶって見ないフリしていて。ただ、子供が欲しいだけで旦那との結婚

生活を続けている。親から虐待されている可哀想な子供に優しくして、寂しさを

埋めようとする。寂しい人だな、と思いました。

でも、衝撃的だったのは、ラストの展開。こんな方法で子供を手に入れるとは

(絶句)。怖い、怖すぎる(><)。

しかし、ラストのネオンテトラにしたことだけは、絶対にお魚愛好家として許し難い。

この主人公のことが、これで一気に嫌いになりました。こんな身勝手な人間はペットを

飼うべきではないです。そのうち、これだけ苦労して手に入れた子供も、ちょっとした

きっかけで、飽きてあっさり手放しそうな気がする。それか、子供が大人になっても

執着して、どこまでも粘着する毒親になるか、どらかでしょう。

 

『魔王の帰還

これは先に述べたように、1番好きな作品でした。とにかく、主人公が秘かに『魔王』

と呼ぶ姉真央のキャラクターが最高に良い。最強のお姉ちゃん。離婚すると言って、

自宅に出戻って来た姉に振り回される弟のお話なのだけど。離婚の原因を知って、

やるせない気持ちになりました。自分の辛い気持ちなど全く家族に見せずに、傍若無人

に振る舞う姉さん。なぜか家族で一人だけ方言で喋るし、身体はでかいし、とにかく

何をやっても豪快。嫌な噂のある弟の同級生に対しても、変な色眼鏡で見ないで

その人を見て判断する公平さも持っているし。素敵な人だなぁと思いました。

弟と同級生と、3人で金魚掬い大会に出るシーンは痛快でした。目標を持つって

大事だね。

 

『ピクニック』

出産後の子育てに苦悩する主婦と、その母親の物語。これは、育児あるあるなんで

しょうね。産まれたての子供の扱いが大変なことは、いろんな人の話で聞いて

いますし。いろんな小説でも読んでますし。私自身は子育てしたことないから、

大変だなぁと他人事の感想しか抱けないのですけれど。子供が泣き止まなかったり、

言う事を聞かなかったりして、暴言を吐いたり手をあげたりしてしまう母親の

ことは、ちょいちょいニュースになりますし、その度に愛する我が子にそんな仕打ちが

できるものなのか、と疑問を覚えたりもするのですけれど、実際に子育てに携わった

ことのある人なら、少なからず身に覚えのある行動なのでしょう。

なぜこの作品だけですます調で語られるのか、語り手は誰なのか、ラストで明らかに

されて、そういうことか、と納得しました。主人公も母親も怖い人間だなと背筋が

寒くなりました。

 

『花うた』

交通事故で夫を亡くした女性と、その事故を起こした犯人の青年との往復書簡でほぼ

構成される物語(たまに他の人物への書簡も挿入されますが)。

犯人の秋生の文章が、少しづつ上達して、さらに少しづつ幼稚になっていく過程が

切なく、とてもやりきれない気持ちになりました。

憎い相手のはずの秋生と書簡でのやりとりを続けるうちに、少しづつ主人公の、相手に

対する気持ちが変化していくところが、文章から伝わってくるところがとても上手い

な、と思いました。悲しいラストですが、秋生が書いた物語に、彼の優しさが溢れてい

て、胸がいっぱいになりました。

 

『愛を適量』

ある日突然、別れた妻が連れて行った娘が、男の格好をして主人公の慎悟の元に

現れ、奇妙な同居生活が始まるというお話。

主人公と娘の同居生活は最初はうまくいかなかったけれど、一緒に暮らすうちに少し

づつ距離が近づいていっているのかな、と思えるところが微笑ましかった…と

思っていたのですが、それを覆す娘のまさかの行動に目が点。ひ、酷い。でも、それを

されても仕方がないことを慎悟もしていたわけで。自業自得の面もあるかなと。

あんな形での別れになったけど、いつかまた二人が会える日が来るといいなと思いました。

 

式日

高校時代の後輩から、他に呼べる人がいないから、父親の葬式に一緒に来て欲しい

と突然誘われた男の話。

後輩が、一作目に出て来た少年だと気づいて、ここに繋がっているのか、と驚か

されました。後輩が、気まぐれで構ってくる近所の人を憎んだ、という話をして

いて、ハッとさせられました。この近所の人って多分、一作目のあの人のこと

ですよね。一作目で彼女が構ってあげてた時はありがたそうにしていたのに。

心の中ではそんな風に憎んでいたんだなと知って、ちょっとショックだった。

まぁ、こんな家庭で育っていたら、色々歪んでいても仕方がないと思うけど。

でも、後輩がネオンテトラを飼うとしたら、本人が飼いきれなくなっても、面倒

見てくれる先輩がいるから安心できそうです。できれば、本人が最後まで世話して

あげて欲しいですけどね。

 

登場人物がかなり細かくリンクしているので、全部把握しきれないまま読み終えて

しまった気がするのがちょっと残念。もう一度、全部をおさらいしたいくらい。

こういう作品は、人物相関図が欲しくなるよね(苦笑)。