ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

恩田陸「灰の劇場」(河出書房新社)

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今年の初めの方に出た新刊ですが、実は一度予約してもう少しで回って来るぞという

時に、間違って予約取り消しをしてしまい、改めて予約し直した経緯があるため、

随分回って来るのに時間がかかってしまいました。本屋大賞やら直木賞やら獲って

からは新刊の予約数が半端ない数になっちゃうから、乗り遅れると大変。すっかり

大人気作家になってしまったなぁ(遠い目)。

読みやすいからさくさく読めたけど、内容的には微妙な作品だったかも。制作秘話

プラス小説、みたいな不思議な構成の作品だったし。主人公の小説家は、恩田

さんご自身が投影されているのだとは思うのですが、完璧なノンフィクションとも

云えなそうな場面もある為、かなり翻弄されてしまった。どこからどこまでが

小説で、どこまでがノンフィクションなのか、その境界は非常に曖昧で、なんとも

微妙な気持ちで読んでいた気がします。多分、敢えてそういう書き方をしている

のだろうとは思うのですけどね。小説と現実のあわいにある作品というか。恩田

さんって、そいういうの好きそうだから。ただ、読まされる読者は、今一体

自分は何を読まされているのだろう、とかなりモヤモヤした気持ちになるのでは

ないかなぁ。できれば、小説なら小説、制作秘話なら制作秘話で、分けて作品に

してほしかったな。突然場面が切り替わったりするから、あれ、これってどっちの

場面!?って混乱するところもあったし。

発端は、二十年以上前、小説家の主人公が目にした、女性二人による心中事件の

記事。当時読んだ記憶があり、ずっと心に刺さったままだったその記事が、

担当編集者によって見つかった。それにより、小説家はこの二人を題材にして

小説を書こうと思い立つ。一緒に暮らしていたという女性二人は、なぜ心中

するに至ったのか。二人はどういう関係だったのか。どんな日常を過ごして

いたのか――現実と虚構が入り乱れる、著者渾身の問題作。

確かに、40代の中年女性二人が橋の上から飛び降りて心中した、という事件が

あったら、どういう経緯でそこに至ったのか、気にはなりますね。恩田さんが

考えた、小説の中での二人の同居の経緯は、いかにもありそうな展開で、二人の

心理描写はさすがの巧さだなと思いました。記号でしかなかった記事の中の二人

の人生が、恩田さんによって鮮やかに描き出された感じ。特に、元既婚者だった

Tが、独身者で一生結婚しないと思っていたMに、プロポーズされるような男性が

現れた時の心情なんか、女の嫌~な面が全面に出ていて、非常にリアルだなぁと

思いましたね。二人の同居が一時的なものだと思っていたのに、結局何年間も

そのまま同居し続ける羽目になって行く経緯も。ただただ、同じ日常が繰り返され

て、日々が過ぎ去って行く。そして気づくと何年も経っていることに愕然とする。

あるある、そういうの。っていうか、自分の結婚生活もまさにそんな感じ。

あっという間に、気がついたらもう来年10周年だもの。何かもっと、劇的な

何かが変わることが起きるんじゃないかと思ったりもしていたのに。消化されて

行く日々は何も変わらず。ただ、穏やかに過ぎて行く。いやもちろん、コロナで

劇的に世の中は変わっているのだけれど。でも、実は二人の日常って、ほとんど

変わってなかったりするんですよねぇ。

だから、そんな平穏な日々を、ふとしたほんの些細なきっかけで終わりにして

しまった女性二人は、一体どんな心情だったのだろう、と考えると、少し怖い。

どんな話し合いがあって、二人で死のうと思ったのか。さすがに、固める

テンプルはないだろう、とちょっとずっこけたところはありましたけど^^;

でも、少しづつ歪になっていた二人の心が壊れるには、そんなどうでもいい

きっかけの方が、よりリアルなのかもしれない。

作中では、この小説が演劇として上映されることになっているのですが、戯曲に

なったらどんな感じになるのか、それも気になります。心中した二人の物語

だけで、一作通して観てみたい気はしますね。

ちょっと今までになった切り口の作品だったのは確かです。恩田さんの小説は、

こんな風なちょっとした構想から出来上がって行くんだな、という過程が読めたのは

興味深かったかな。