ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

道尾秀介「N」(集英社)

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ミッチー最新刊。今までになかったタイプの読書体験ができる作品です。なんとも、

風変わりな構成になっています。

収録されているのは全6話なのですが、冒頭にその6話の1ページ目だけが

一気に紹介されています。んで、読者は、とりあえずその1ページ目を全部

読んでみて、読みたい作品を探し、当該ページに飛びます。一作読み終わった

ところで、また冒頭に戻って、次に読みたい作品を探します。これを繰り返して

6作分、自分の好きな順番に読んで行く、という方式。紹介文によりますと、物語の

かたちは、6☓5☓4☓3☓2☓1=720通りあるそうで。読む人ごとに物語の

かたちが変わって行くという、世にも珍しい読書体験が可能になるという、なんとも

面白い試みを考えたものだなぁと唸らされました。しかも、この本、一作ごとに

物語の印刷の天地が逆転してまして、二作目・四作目・六作目は本をひっくり返して

読まなきゃいけないという、変わった印刷方法が取られている。まぁ、正直、この

一作ごとに天地を逆さまにするという試みは、大して意味がないようにも思い

ましたが(むしろ、ちょっと面倒くさい)。それに、天地逆転した作品を読む時は、

スピンを下から上に挟まなきゃいけない訳です。これは人生初の経験でしたねぇ。

この年になって、始めての読書体験が出来たって意味では、非常に面白かったし、

新鮮でした。よくもまぁ、こんなことを考えつくものだ。さすが、我らがミッチー!

んで、肝心の6つの物語についてですが。当然ながら、単独で短編として読んでも

十分物語として成立しています。でも、絶妙なところで、6編がきちんとリンクして

いるんですね。確かに、読む順番によって、その物語の見え方は全然違って来る

はずです。

時系列がバラバラなので、ある物語に登場するAさんが、他の物語では子供の姿

だったり。もちろん、その逆もあります。ある場面を先に読むか後で読むかで、

その作品の印象が変わって来たりもするのではないかな。全く、良く考えられた

作品です。どの作品も、それぞれに印象深いです。切なく悲しい物語が多かった

ですけれど。道尾さんらしい、暗闇の中で輝く五つの光の描写が美しかったです。

収録順通りに読む人も多いかもしれませんが、せっかく道尾さんがこんな面白い

仕掛けを作って下さったのだから、私もそれに乗っかって、冒頭1ページをすべて

読んで、なんとなく選んだ作品からランダムに読んで行きました。もともと、

収録作を順不同で読むのは気持ち悪い方なんですけれどね。この作品の場合は、

順番通りに読まない方が良いような気がして。インスピレーションに従って、

なんとなく思った順に読みました。

ちなみに、私が読んだ順番は、『飛べない雄蜂の嘘』『笑わない少女の死』

『落ちない魔球と鳥』『眠らない刑事と犬』『消えない硝子の星』『名の

ない毒液と花』の順。参考の為記しておきますと、収録順は『名のない』→

『落ちない』→『笑わない』→『飛べない』→『消えない』→『眠らない』。

『消えない』と『笑わない』や、『名のない』と『眠らない』なんかは、読む

順番が逆になると、読者の印象は変わって来るかもしれないです。どっちが

いいとか悪いとかの問題ではなくて。まぁ、時系列次第でネタバレっぽい感じも

あるけれど。作品としてはどちらでも成立すると思いますが。

一番ミステリ的な面白さがあったのは、ラストに収録されている『眠らない犬』

の話かな。殺人事件の犯人はわかりやすいけど。主人公が隠していた秘密に関して

は、全く予想外だった。

どの作品をラストに持って来るかで、読後感も全く変わって来るかもしれないですね。

他の順番でも読んでみたくなりました。何度読んでも、その度に新しい発見が

あるんじゃないかな。

それにしても、どこから読んでも、どこで終わっても成立する物語にしなきゃいけ

なかったはずで、途方もなく大変だったんじゃないかなぁ。よくこんなこと考えつく

な。道尾さんの頭の中はどうなっているのだろう・・・すごい。

ただただ、感心するばかりでした。まだまだ、本の可能性は無限にあるなって思わせて

くれた作品でした。

ところで、タイトルの『N』ってどこから来てるんだろう。反転してもNって読める

から?

賛否両論ある作品かもしれないですが、私は新たな読書の扉を開いたという意味で、

道尾さんはすごいことを成し遂げたと思いましたね。新しいことをするには、勇気が

要ると思う。道尾さんの挑戦に素直に拍手を贈りたいです。