ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

近藤史恵「おはようおかえり」(PHP研究所)

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近藤さん最新作。老舗の和菓子屋『凍滝』に生まれた対照的な姉妹、小梅とつぐみ。

店を継ぐ為進学せず、真面目に家業に勤しむ小梅と、大学生で趣味の演劇にのめり

込み、エジプトに留学したいと言い出して親を困らせる自由奔放なつぐみ。ある日、

大阪で大規模な地震が起きる。すると、なぜかつぐみの身体に曾祖母の魂が

乗り移ってしまう。つぐみが出来る筈のない和菓子を手際よく作り、横柄な

喋り方で話し、小梅を戸惑わせる。その上、曾祖母は小梅に、当時の曽祖父の

浮気相手から、ある手紙を取り戻して欲しいと言い出して――。

妹に曾祖母の魂が乗り移るという、ちょっとファンタジックなストーリー。

途中、曾祖母が取り戻して欲しいという手紙を巡ってミステリっぽい展開には

なるんですが、結局最終的には大した謎でもなかったような。それよりは、

対照的な姉妹が、どう自分の道を生きて行くのか、とかそっちの方が主題の

ように思いました。

曾祖母が作っていた芋餡のきんつばですが、うちの地元の和菓子屋さんにも

以前置いてあったと思います。そんなに珍しいものだとは思わなかったです。

まぁ、確かにきんつばといえば、あんこが主流なんでしょうけども。きんつば

美味しいですよね~。最近、和菓子を取り上げた小説が増えてる気がするな。

街の和菓子屋さんは大分少なくなって来てしまっているというニュースをこの間

観たような気がするけれど。それに、確かに我が街でも、ケーキ屋さんに比べて、

和菓子屋さんってほんとに数が少ない。駅前にあるショッピングセンターの中にも、

和菓子屋さんってほとんど入っていなくて、贈答用に買おうと思うと、いつも

同じお店になってしまう。伊勢丹があった時は、もう少し選択肢が多かったんだ

けどな。洋菓子も大好きだけれど、和菓子はやっぱり和菓子の良さがあって、

時たますごく食べたくなるんですよね。練りきりとかも大好きだし。何より、

日本独自の文化のものだし。なくなってほしくないです。だから、主人公の小梅が、

今のままじゃいけないと、新しい和菓子を作ろうと試行錯誤している姿が頼もしく、

応援したいと思いました。真面目で自分には何もないと思っているような小梅

ですが、破天荒な妹の未来を応援してあげたいという優しい心を持っていて、いい

お姉ちゃんだなぁと思いました。逆に、どこにでも行けるタイプのつぐみは、

私にはちょっとエキセントリック過ぎて、あんまり好きになれるタイプではなかった

な。小梅同様、自分には眩しすぎるというか。危険な中東の国に留学しようと

思える強心臓は羨ましいですけど(中東に行きたいと思ったことはないですが)。

さらっと読める分、ちょっと食い足りなさはあったように思いますね。途中に

出て来た、カレー屋やってる曾祖父の孫と小梅とのやり取りは好きだったな。

本格的なインドカレーがとっても美味しそうだった。レモンチキンカレー、私も

食べてみたい・・・!

曾祖母の手紙に関しては、いろいろとモヤモヤが残ったところもあります。曾祖母

の心、広すぎませんか?普通、浮気相手にあんな援助しないですよ。当時はそれが

普通だったんでしょうか。今だったら、逆に慰謝料もらえる立場だと思うけど。

まぁ、浮気相手と曾祖母の関係が穏やかなものだったからこそ、その孫と小梅も

穏やかな関係になれたのかもしれないですけど。最初に浮気相手から返送された

手紙の内容にはゾッとさせられましたが、それが実行されなくて良かったです。

本当に返して欲しかった方の手紙の内容は、ただただ切なかった。この手紙を

本人は結局読んでないんだろうな。もし、読んでいたら、その人が死ぬ場所は

違っていたのかもしれない。なんだかやりきれなかったです。

曾祖母の魂は無事成就できたんでしょうかね。いつかまたひょろっとつぐみと

入れ替わって小梅の前に現れそうな気もするけどね。

ちなみに、タイトルの『おはようおかえり』というのは、出て行く人に対して

『早く帰って来てね』という親愛の意味を込めた見送りの言葉だそうで。まぁ、

皮肉を込めたマイナスの意味で使われる場合もあるみたいですけど。

最初つぐみがこの言葉を発した場面を読んだ時は、おはようとおかえりが

くっついた言葉かと思って、戸惑ったんですけども。言葉の意味を知って、

そういう意味か、と腑に落ちるものがありました。