ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

彩瀬まる「新しい星」(文藝春秋)

彩瀬さんの最新作。ここ何作か遠ざかっていた彩瀬作品ですが、本書は巷の評判が

よろしいようなので予約してありました。確かテレビでも紹介されていたような。

大学の合気道部で仲間だった四人――青子、茅乃、玄也、卓馬を軸にした、

喪失と再生の物語。一話ごとに、四人の中で主役が入れ替わります。それぞれ

短編としても読めますが、一冊通した長編としても読める形になっています。

一話ごとに時代が進んで行き、それぞれのライフステージや意識も変わって行く。

失うものもあれば、得るものもあり。それでも、時代が変わって意識が変わっても、

四人の関係は変わらないのがいいなと思いながら読んでました。大学時代の友人

への仲間意識が、ずっと変わらないのは、やっぱり、合気道という共通のもので

繋がっているのが大きいのかもしれない。同じ苦楽を共にした仲間というのは、

きっと何年経っても特別なものなのでしょうね。

四人四様、重いものを抱えて生きています。青子は生後二ヶ月で亡くなった娘への

想い、茅野は乳がん、玄也は引きこもりの自分、卓馬はコロナで引き離された

家族との距離。それぞれが、重い枷に押しつぶされそうになりながら、それでも

それと向き合いながら、前に進んで行く。どの人物の悩みも、やりきれない気持ち

になりました。年齢が重なるにつれて、重くなって行く茅野の病のことが一番

心配だった。病が重くなるにつれて、茅野の娘との距離も空いてしまう。身体が

思うようにならない時って、周りに辛く当ってしまうものだと思う。私も、父が

病気になったとき、普段これ以上ないくらいに温厚な人なのに、すごく怒りっぽく

なったのを思い出します。娘とうまく向き合えないと悩む茅野の気持ちが痛いほど

伝わって来て、苦しかった。ラストで、娘は娘で、病の母と向き合うことが出来ず

ずっと苦しんで来たことがわかって、お互いにもう少しだけ思いを伝えあって、

歩み寄れていたら良かったのにな、と悲しい気持ちになったのですが。

今まで当たり前にそこにいた人がいなくなる絶望とか悲しみとか、寂しさが行間

から滲み出て来て、やっぱり、彩瀬さんは文章力のある作家さんだな、と再認識

させられました。どのお話も、視点の人物の心情が痛みを伴って伝わって来た。

その中で、個人的に好きだったのは弦也の話だった。勤めていた会社の上司からの

パワハラが原因で会社を辞め、引きこもりになったことで、人と向き合うことが

出来なくなってしまった弦也。それでも、大学時代の合気道部の仲間がいたから、

外に出ることが出来るようになったし、再び合気道道場に通うことになって、

道場にいたタコを引き取る羽目になったし、タコをきっかけに新たな友達と

知り合えたし。一作進むごとに弦也が、現実を向き合えるようになって行くのが

嬉しかった。ラストでは、あの人嫌いだった弦也が、茅野の娘に自分の連作先を

渡しているのですから。自分から誰かと繋がろうと思えるようになるまでに

なったんだなぁと感慨しきりでした。茅野の娘・菜緒への言葉も優しくて、

思いやりがあって、素敵だった。菜緒と茅野以外の三人が繋がることはきっと、

茅野も喜ぶに違いないから。茅野が何よりも菜緒のことを思って、愛していたこと

を伝えてあげて欲しいな、と思いました。

青子と茅野の関係もすごくいいな、と思いました。お互いの傷を労って、慰め

あって、常に相手を思い合える関係。よっぽど相性が合うんだろうな、と思い

ました。青子のように娘を失ったら、娘がいる茅野とは、普通は相容れなく

なるような気がする。だって、茅野が娘の話をする度に、自分の失った娘を

思い出して辛くなるだろうから。でも、二人はそうじゃない。それは、茅野が

病気を患ったせいもあるかもしれないけれど。お互いに、失ったものがあるから。

自分よりも、相手を労ってあげたい、という気持ちが先に立つからじゃないのかな。

自分が一番って人だったら、絶対二人の関係はとっくに破綻していると思うな。

この中では、卓馬の悩みが一番軽いのかな、と思っていたのだけれど、終盤で

卓馬の家庭も破綻したことがわかって、彼は彼でいろいろと大変なことがいっぱい

あったんだろうな、と思わされました。でも、彼はちゃんと前を向いている。

四人とも、脆いところもあるけど、強い人ばかりだな、と思いました。

ひとつ気になったのは、弦也のタコがどうなったのか。タコの寿命は二年くらい

らしいので、もちろん死んじゃったんだろうけど、その時の弦也の様子とか、

どうだったのかちょっと気になりました。その後の水槽がどうなっているのかも。

犬の世話しなくちゃならなくなったから、水槽どころじゃなくなっちゃったかな。

何か違う海の生物とか飼っていて欲しい気もするな(違うタコでもいいけどw)。

 

切ないしやりきれない部分もたくさんあるけれど、最後は心に光が灯るような、

温かい再生の物語でした。

四人の付かず離れずの友情関係が、とてもいいなと思いました。恋愛が絡まない

だけに、ライフステージがそれぞれに変わっても関係が変わらない。お互い、

変に踏み込むこともしない代わりに、大事な時にはそっとそばに寄り添ってくれる

存在。

大人になっても、こういう友人がいるのってすごく羨ましいなと思いました。