ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

町田そのこ「宙ごはん」(小学館)

いやー、良かったです。王様のブランチで紹介されていた時から期待出来そうだなー

と思ってましたが、期待を裏切らない作品でした。ただ、終盤の展開には一言

物申したくなったりもしましたけれど。

生きることは食べること、をそのまま体現したかのような物語。主人公宙は、

辛く悲しいことがある度に、美味しいご飯を食べて、涙を流して成長して行く。

一話目では小さな少女だった宙は、一話ごとに成長を遂げ、いろんな経験をしながら、

大人になって行きます。前半は、まだ少女の宙が経験するには、辛い出来事ばかり

が描かれます。読んでいて、自分でも感情の振り幅がすごかったな。宙の一喜一憂

に自分も一喜一憂して。宙の激情には、自分も同じように胸が苦しくなって憤りを

覚えました。町田さんの心情描写がリアルで、完全に感情が宙と同化して行くような

気持ちになりました。理解出来ない母親の言動に振り回されて、世界に取り残された

ような気持ちになったり。ずっと味方でいてくれた何より大事な人が、離れて行く時

の心もとなく、侘しい気持ちだったり。そんな中でも、美味しいご飯を食べることで

元気や勇気が湧いて来て、心にぽわっと火が灯るような気持ちになったり。誰かと

ご飯を食べて笑い会える楽しさや温かさが救いに思えたり。もう、宙のいろんな

感情が、一冊に凝縮されていて、どのお話にも惹きつけられました。

宙は、生みの親と育ての親、二人の母親がいる特殊な家庭環境の女の子。宙を産んで

くれた母親は有名なイラストレーターの花野で、子供を育てることに向いておらず、

宙は彼女の妹の風海の家族に引き取られて育てられた。風海一家は、宙を自分の

子供と同様に愛情たっぷりに育ててくれて、宙は何不自由ない暮らしをしていた。

しかし、宙が小学校に上がる年に青天の霹靂ともいえる出来事が起きる。風海の

夫がシンガポールに赴任することになり、一家で海外へ渡ることになったのだ。

それを機に、宙は実の母親・花野と暮らすことになった。しかし、花野は母親業

には向いていないひとだった。ご飯も作らず、宙の学校の行事にも無関心。しかも

年上の恋人に夢中だった。そんな宙の面倒を見てくれたのが、花野を慕う料理人

の佐伯だった。佐伯は宙のご飯を作り、話し相手になってくれた。佐伯の美味しい

ご飯にいつも癒される宙だったが、心の中ではやはり花野に構ってもらいたかった。

そんな不満が溜まった宙は、ある日何もかもが嫌になって家を飛び出してしまい――。

やっちゃんの作るご飯は、いつも本当に美味しそうでした。それを食べて成長した

宙は、相当に舌が肥えてしまったことでしょうね。宙が、自分でも作れるように

なりたいと思うのも自然な流れだったと思います。てっきり、そうやって料理を

覚えて花野に料理を作ってあげる的なストーリーが展開されるのかと思っていたの

ですが・・・全然違いました。一話ごとに料理は必ず出て来ますが、作る人は

毎回違います。佐伯だったり、宙だったり、時には花野だったり。でも、その時々で、

作られる料理は、相手のことを思って作る、とても優しい味のものばかり。愛情が

こもった料理は、いつだって、食べる人の心をほぐして癒やして行くんだなぁと思え

ました。

取り上げたいエピソードはたくさんあります。どのお話の中にも、心を揺さぶる

エピソードが入っていました。マリーちゃんとのお話、鉄太とのお話、もちろん、

佐伯や花野とのエピソードはそれ以上にたくさん。どのエピソードも、宙に

気づきを与えて、成長させてくれるものばかりです。辛いこともたくさん出て

来るけれども、それを乗り越える強さも備わって行く。幼い頃から特殊な環境に

置かれて、大分達観している感のある宙だけど、基本的にはとても良い子です。

鉄太と付き合った経緯に関しては、ちょっと相手が可哀想だな、とも思ったけれど。

でも、次のお話で鉄太も彼女に酷い仕打ちをしたからね。宙の成長と共に、

新しい出会いがあれば、辛い別れも経験する。ラスト一話の別れに関しては、

あまりにも突然過ぎて最初現実を受け入れたくない気持ちになってしまったけれど。

何も、ここまで辛い試練を与えなくてもいいじゃないかと、町田さんに少し

抗議したくなってしまった。あまりにも悲しい別れ過ぎてね・・・。52ヘルツ

のクジラのお話でも同じようなシーンがあったけど。劇的な展開を演出したいのは

わかるし、ラストの展開にするには必要な設定だったのかもしれないけれど・・・。

最後は読んでいて心苦しかった。それでも、花野さんのおかげで救いのあるラスト

になったのは良かったです。花野さんに対する印象は、一作ごとにかなり変わって

行きましたね。一話目二話目は酷かった。でも、彼女の境遇や生い立ちを知って、

彼女を理解するにつれて、良い印象に変わって行きました。それでも、序盤の宙に

対する仕打ちはやっぱり母親失格で、許せないものがありますけどね。

最後、宙が自分の夢を叶えて一歩を踏み出す姿に頼もしい気持ちになりました。

宙の作るご飯は佐伯直伝だから、きっと美味しいに決まってる。佐伯の味を、ずっと

守り続けて欲しいと思う。

思っていた作品とはちょっと違っていたけれど、とても良い作品だった。

たくさんの人に読んで欲しいと思います。