貫井さんの最新作。人を一人殺したら死刑になる世界で起きる事件を描いた作品集。
5作が収録されています。死刑制度についていろいろと考えさせられる貫井さん
らしい作品集ですね。同じ死刑制度の下で起きるとはいえ、それぞれの作品に
ほとんど繋がりはなく、単独で読めるものばかりでした。欲を言えば、ラストに
あっと驚く繋がりみたいなものがあったらもっと読み応えがあったようにも思い
ましたね。作風もばらばらなので、あまり一貫性のある作品集って感じがしなかった
なぁ。いや、もちろん、一人殺したら即死刑っていう一貫したテーマ制はあるの
ですけどね。主人公は、死刑賛成派もいれば、反対派もいて、それぞれに信念を
持って主張しているところも興味深い。まぁ、今の現行憲法の下では、大多数の
国民が死刑賛成派なのだろうとは思いますが、世界的に見ると死刑制度を取っている
国の方が少数派のようですね。どちらがいいともはっきり言い切れない問題では
あるのでしょうね。それぞれの意見があって良いと思います。私個人も思うところは
ありますが、ここで主張することでもないかなと思うので、敢えて明言はしない
でおきます。
では、各作品の感想を。
『見ざる、書かざる、言わざる』
突然何者かに襲われ、目と指と舌を奪われたデザイナー。犯人の目的とは一体?
読んでいるだけでも気が遠くなりかけるような、おぞましい犯罪でした。人を
一人殺したら死刑=殺さなければ死刑になることはない、という方程式を逆手に
取った恐ろしい犯罪事件。どんだけサイコパスな犯人なんだよ、と思いましたが、
ただ、自己顕示欲の強い身勝手なだけの犯人だった。
『籠の中の鳥たち』
山の中の別荘に写真合宿にやって来た、大学の写真同好会のメンバー5人。
しかし、女子の一人がそこに住みついていた浮浪者に襲われ、それを助ける
為にメンバーの一人が男を殺してしまう。他の四人は、仲間を助ける為にこの
事実を隠蔽しようと目論む。しかし、翌日になって襲われた女子が殺されてしまう。
犯人はグループの中にいる――!?
典型的なクローズドサークルもの。仲間を殺した犯人の動機にはぞっとしました。
よかれと思ってしたことが最悪の結末を招いてしまったということですね。そして、
情状酌量の余地がある犯罪でも、一人殺したら死刑になってしまう世界というものの
恐ろしさを感じる作品でもありました。
『レミングの群れ』
中学生がいじめで自殺したニュースを観た私と妻は、自分の息子にも同じことが
起きるのではないかと怖れていた。最近息子の様子がずっと変だったからだ。
勇気を出して息子に問いただすと、いじめられていることを認めた。それから、
学校にかけあって息子のいじめ問題を解決するべく奔走した結果、いじめ問題は
一応の決着がついた。そんな矢先、先日ニュースで観たいじめ事件の首謀者の
少年が殺された。それから相次いで事件の関係者たちが殺されて行き――恐るべき
その犯行理由とは?
つい最近も、実際に死刑になりたくて人を殺そうとした事件が起きましたよね。
生活に困窮して、刑務所に入りたいからと犯罪を犯すケースもちょこちょこ起き
ますし。こういう身勝手な理由で他人に迷惑をかける人間の気持ちは全く理解不能
です。いじめ首謀者を殺した人物に関しては、正義感すら覚えてやっているから
始末に負えませんね。いじめは絶対に許せないけど、だからって殺していい理由には
ならないと思う。でも、人間感情として、いじめで人ひとりを殺した人間をを抹殺
した人物を称賛したくなる気持ちもわからなくはない。読んでいて複雑な気持ちに
なる作品でした。
『猫は忘れない』
姉が殺された。姉を殺したのは間違いなく、元交際相手のあの男だ。しかし証拠が
ない為捕まることなく、のうのうとあの男は生活している。司法が裁いてくれない
なら、おれがあいつを殺す。おれは、あいつの部屋に忍び込んであいつを殺す
計画を立て始めたのだが――。
猫の習性を把握していなかった主人公が、足元を掬われるという話。猫好きの人が
読んだら主人公の言動は許せないでしょうね。主人公の彼女が死刑反対派だった
設定が、あまり内容に関係なかったのがちょっと拍子抜け。何かの伏線なのかと
思ったんで。
『紙の梟』
作曲家の笠間耕介は、仕事中に何度かかかってきた恋人の紗耶からの電話に
出なかった。数時間後、もう一度かかって来た紗耶からの電話に出ると、男の
声が出た。紗耶が何者かに殺されたという刑事からの電話だった。留守電には、
助けて、と縋る紗耶の声が残されていた。数日後、警察からもたらされたのは、
紗耶が偽名で生活していて、過去に資産家から巨額の資金を騙し取っていたという
とんでもない事実だった。自分の知る紗耶とのギャップが信じられない笠間は、
独自で紗耶のことを調べ始めるのだが――。
少しづつ明らかになっていく紗耶の生い立ちや背景にぐいぐい引き付けられて
読み応えありました。タイトルの紙の梟が何なのかは終盤に明かされます。まぁ、
比較的最初の方に伏線として出て来てはいるのですが。こう繋がるのか、と思い
ました。紗耶の人となりといい、終盤の紙の梟を持っていた人物とのエピソード
といい、東野(圭吾)さんの加賀シリーズを彷彿とさせる作品でしたね。
被害者の遺族(厳密には違うけれど)が犯人の死刑回避を望んでも、人ひとり
殺したら死刑の判決が出てしまう世の中っていうのは怖いな、と思わされました。
まぁ、こういう法律が実現することはないとはいえ、死刑についていろいろと
考えさせられる作品ではありました。