ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

凪良ゆう「汝、星のごとく」(講談社)

凪良ゆうさんの最新作。はぁ。凪良さんってほんとにすごい作家さんだなぁと

再認識させられた作品でした。瀬戸内海の島で育った男女二人の複雑な恋愛模様

を描いた力作です。

冒頭のシーンを読んだ時点では、正直、「えー、不倫ものかぁ。好きな題材じゃ

ないなぁ・・・」と、かなりテンションが下がりました。でも、プロローグの後

で舞台は一転、時代が遡って、十代の高校生の男女二人の瑞々しい青春小説へ。

島生まれ、島育ちの女子高生・暁海と、自由奔放な母親の恋愛に振り回されて、

島に転校してきた櫂。ふとしたきっかけで話をするようになった二人は、次第に

惹かれ合って行く・・・。

瀬戸内海の島の風光明媚な雰囲気も相まって、高校生の二人の純愛は読んでいる

こちらが気恥ずかしくなるくらいに初々しくて、新鮮で、爽やかでした。もちろん、

二人がお互いに抱えている家族の問題という闇の部分も同時に描かれて行くので、

明るさだけではないのですが。閉鎖的な島ならではの閉塞感などもありますし。

ただ、それを差し引いても、お互いに想い合う二人の恋愛模様は、おばさん世代の

私には微笑ましかったです。

ただ、二人が高校を卒業して遠距離恋愛になってから、ありがちな話ですが、少しづつ

二人の仲には暗雲が立ち込めて行く。漫画原作者として華々しく東京に出て行った

櫂と、母親を見捨てられず、島で就職することを選んだ暁海。始めの頃こそ櫂の漫画

鳴かず飛ばずで、たまに上京する暁海と会えることだけが癒やしのような状態

だったけれど、漫画がヒットしたことで櫂の生活は一変。暁海との心の距離も少し

づつ開いて行く・・・。この辺りの展開は、まさしく『木綿のハンカチーフ

そのままじゃないか~とツッコミながら読んでました(苦笑)。櫂が、少しづつ

暁海に対して横柄になって行くところが、読んでいてすごくイラッとしました。

ああ、変わっちゃったなぁってヤツ。あまりにも典型的過ぎて、笑えるくらい。

人間、大金を手にすると、やっぱり大事なものを失くしてしまうんだなぁと

悲しくなりました。暁海が一生懸命話しをしようとしているのに、タブレット

映画を観ることに夢中で、話を聴き流そうとするシーンは、暁海の心情が伝わって

来て、こちらまでブチギレそうでした。

でも、櫂視点で同じシーンを読むと、櫂には櫂の理由があって、いっぱいいっぱい

だったのがわかる。暁海と櫂、それぞれの視点で物語が進んで行くので、それぞれの

心情が伝わって来て、どちらにも同じように肩入れしてあげたくなったり、その

時々でどちらかに反発したくなったりしました。少しづつ二人が大人になって行くに

つれて、二人の物語の行き着く先がどうなって行くのか読めず、気になって気になって

読む手が止められなくなりました。息つく暇もない読書とはこういう作品のことを

言うのだと思う。それぞれに衝撃的な展開もあり、なかなか感情が追いつかなかったり

しました。それだけ、物語に引き込まれたということです。

終盤の展開はもう、辛くて、辛くて。二人が幸せになって欲しいとただただ願いながら

読んでいたのですが・・・。何を書いてもネタバレになりそうなので控えますが。

冒頭で暁海があの人と夫婦になっていることは明らかになっているのですが、終盤

読むまで、なぜそうなったのかが全くわかりませんでした。なるほど、そういう

経緯があったのか、とすべてが腑に落ちる気持ちでした。最後まで読んだ上で、

もう一度冒頭を読み返してみると、同じシーンなのに、印象は180度変わって

いました。それは、読んだほとんどの人がそうなる筈です。冒頭読んで、不倫の話か、

などと底の浅い感想を抱いた自分にパンチをお見舞いしたい気分になりました。

ここまで、鮮やかに印象が変わるなんて。凪良さんの戦略勝ちですね。完全に

ノックアウトです。白旗。

タイトルは、暁海のことでもあるし、櫂のことでもあるのでしょう。それぞれに、

それぞれを裏切ったこともあったけれど、最後の最後まで、これは純愛の物語なの

だと思いました。

今年一番、のめり込んで読んだ作品なのは間違いない。男女の醜い争いもたくさん

出て来るし、人間の醜悪な感情もたくさん出て来る。でも、鮮やかに蘇って

来るのは、美しい瀬戸内の島の景色と、夜空に浮かぶ美しい夕星。そして、夜空に

儚く消えゆく遠くの花火の光景。情景描写が本当に美しかった。

凪良さんの筆力はやはり本物だと思い知らされる作品でした。素晴らしかったです。