芦沢さんの作品は読んだり読まなかったりなんですけれど、これは何となく良さそう
だなと思って予約してありました。回って来るまで結構かかったなぁ。記事を
書くにあたってネット検索してたら、本書が作家十周年の記念作品だそうで。
ここ最近人気になったってイメージがあるので、もう十周年というのにちょっと
びっくりしたかも。結構遅咲きだったんですね。十周年記念にふさわしい、重厚な
物語でしたね。
ネグレクトや会社内いじめやパワハラ、障害を抱える子供の問題など、社会が抱える
闇をいくつも盛り込んで、読ませる作品になっていると思います。時代設定は
1998年と今よりも少し前になります。この時代だからこそ生まれた悲劇の物語
とも云えるかもしれません。ある法律が施行され、廃止される前のことなので。
警察内でのいじめやパワハラ問題も、今だったらコンプライアンスに引っかかって
完全アウトになっているところでしょうね。まぁ、こういう嫌がらせみたいな
ものって、今だって全くなくなってはいないでしょうけども。
事件は、私設塾の経営者が殺され、死体となって発見されたことから始まります。
警察の捜査で、容疑者としてかつての教え子である阿久津が浮かび上がる。しかし、
事件当日被害者と会った直後から、阿久津は行方知らずになり、足取りが掴めない
まま二年が経った。事件の捜査は次第に縮小され、今ではある出来事がきっかけで、
警察内で疎まれる存在になっている平良と大矢の二人のみが細々と捜査を継続
していた。姿を隠した殺人犯、男が殺人犯だと知っても匿う女、男を殺人犯と
知らずに食事を分け与えてもらう少年――様々な人々の思惑が錯綜していく。男は
なぜ殺人を犯したのか――。
読んでいてずっと胸が重く苦しかったです。特に、父親から当たり屋を強要され、
食事もろくに与えられていない少年・波留の視点は読むのがきつかった。自分の
息子に当たり屋をやれと命令する父親の言動が酷すぎて、腹が立って仕方なかった
です。そんな波留を心配するバスケ部仲間の桜介は、いい意味で擦れてない健全な
家庭の子で、それだけに、波留の生活との対比が顕著で、やるせなかった。桜介が
波留を心配すればするほど、二人の心の距離は離れて行ってしまう。桜介が本当に
純粋に波留を心配しているのが伝わって来るだけに、切なかったですね。波留は
波留で、人生を諦めているようなところがあって、それも悲しかった。家でも
学校でも居場所がない波留が、唯一安らげる場所が食事を与えてくれる阿久津の
ところだった。阿久津と波留の交流シーンは、淡々としているようで、何か
温かいものが流れているように感じました。阿久津は、もしかしたら、自分に息子
がいたらこんな感じかな、とか考えたりしていたのかな・・・。
終盤の展開は、もう、心が苦しくて苦しくて仕方なかったです。波留の慟哭が
胸を打ちました。どうすることもできないだけに、ただただ、悲しかったです。
阿久津が、波留を日光の林間学校に行かせてやって欲しいと頼んだシーンに心が
震えました。自分はどうなってもいいけど、波留の願いだけは叶えて欲しいと。
クズの父親よりも、よっぽど本当の父親のようだった。
阿久津が殺人を犯した理由は、本人自身が自白するシーンがないだけに、はっきり
とは明かされていません。ただ、母親の告白から、おおよそのことは推測出来る
訳で。母親がしたことは、倫理上どうなんでしょう。いくら法律があったから
といって。みんなやってるって何?子供だって、一人の人格を持った人間なのに。
一生打ち明けない選択肢もあった筈なのに。母親のエゴで、一人の人間を闇に
落としてしまった。感情がないように見える阿久津だって、一人の人間なんだと
いうことが、母親にはわかっていなかったのかな・・・。でも、障害を持つ子供
の母親なら、彼女の言動も理解出来るのでしょうか。
阿久津はどれだけの罪に問われるのかな。二年間も逃げていたことも裁判で
マイナスになってしまいそうだけど・・・動機に関しては、少しは情状酌量の
余地があるような気がする。でも、殺意が母親ではなく元恩師に向かったという
のは、身勝手といわれればそれまでかもしれない。阿久津にとって、道標でもあった
恩師の裏の顔を知って、裏切られたような気持ちになってしまったんだろうな・・・。
いつか、罪を償って出所した時に、波留と再会できればいいと思う。それとも、
もう一生会わない方が幸せなのかな。
胸が塞がるような展開ばかりだったけれど、エピローグだけは少し救いがあって
良かったです。桜介の波留への思いが伝わってほっとしました。波留がこの後、
父親とどうなって行くのかは気がかりですが。
とにかく、あのクズの父親からは離して欲しいと願うばかりです。
読み応えありましたね。リーダビリティ抜群で、先が気になって読む手が
止められませんでした。やりきれない物語ではあるけれども、多くの人に手に
取って頂きたい傑作なのは間違いないと思います。