ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

古内一絵「東京ハイダウェイ」(集英社)

『マカン・マラン』シリーズでお馴染みの古内さんの最新作。東京で働く人々の

癒やしをテーマにした連作短編集。

東京は便利な街だけれど、都心で働くってそれなりにストレスが多そうだなぁとは

思いますね。私は東京でもどっちかというとのんびりした郊外の方に住んでいるし、

職場も都心の方だったことがないから、想像するしかないのですが。

一話目の主人公・矢作桐人は、虎ノ門にあるEコマース企業・パラウェイに入社して

五年目の社員。ようやく念願だったマーケティング部に配属になったが、ある日、

同期のやり手社員・寺嶋から、施策の違いを指摘された上、真面目過ぎることを

揶揄され、鬱屈を抱えていた。そんな中、普段は誰とも話さず黙々と仕事を遂行

する同僚の神林璃子が、昼休みに颯爽とオフィスの外で歩く姿を見かけ、思わず

後を追いかけてしまう。すると、璃子が入っていったのは、意外な建物の中だった

――(『星空のキャッチボール』)。

みんなそれぞれにストレスを抱えて生きていて、そういう鬱屈をなんとか解消

したいと、癒やしを求めるんですね。癒やしの方法も、人それぞれ。働くって

本当に大変。どんな職場でも嫌な上司や同僚はいるし、マウント取る奴、

揚げ足取る奴、セクハラする奴、パワハラする奴、もう、そりゃー千差万別、

いろんなハラスメントの宝庫ですよね。そうしたストレスにさらされた時、ちょっと

した癒やしを与えてくれる『隠れ家』があったら、きっと束の間の休息を取って

回復できる――本書の主人公たちは、それぞれに自分ならではの『隠れ家』を

見つけます。一息ついて、ほんの一刻でも、ままならない日常を忘れることで、

新たに気づきを得て前向きになれたりする。まぁ、世の中には、そういう心の

拠り所が見つけられない人もたくさんいるとは思いますが。六つの作品が収録

されていますが、どの人物にも共感できるところがありましたし(出来ない部分も

ありますが)、やはり古内さんは登場人物の心理描写がお上手だなぁと思いました。

ハラスメントをする側の人物の描写もほんとリアルで、こういう人いるいる!って

思いましたね。特に、桐人の同期の寺嶋は、その後度々違う話でも登場して来る

んですが、本当に嫌な奴過ぎて、出て来る度にイライラさせられました。真面目で、

クライアントのことをしっかり考えて仕事をする分、要領が悪い桐人のことを

小馬鹿にする態度にもムカつきましたが、それ以上に、精神的な疾患を抱える

璃子に対する差別的な態度に腸が煮えくり返る思いがしました。女性の上司である

恵理子に対する侮蔑的な態度も酷かったですしね。仕事が出来て上層部からの

評価も高いし、自分に自信があるのわかるんですが・・・長いものに巻かれるタイプ

で、自信過剰で他人に対してリスペクトがないこういうタイプの人間は、きっと

そのうち何かやらかして足元すくわれることになるんだろうなーと思いながら

読んでましたら・・・案の定な展開でしたね。結果的にはスカッとしたけど、

最後はなんだかんだで、ただでは起きないタイプなんだろうなぁと呆れました。

全く反省してないんだろうな、こういう人って。っていうか、自分は悪くない

のに、って思ってるから、絶対反省なんかしないか。

私は、桐人のように真面目にこつこつとやるタイプの人の方がずっと共感出来ます。

まぁ、会社員としては、もう少し要領よくやった方がいいのかもしれませんけども。

各作品、少しづつ人物関係が繋がっています。最後の話は多分、璃子になるんじゃ

ないかな、と思ってたら、その通りでした。璃子みたいなタイプって、恋愛とか

出来ないんじゃないかと思っていたので、ラストの展開は少し意外でした。でも、

自分だけの隠れ家が、誰かと一緒の隠れ家になるって、とてもいいなって思う。

それだけ、その人に心を許した証拠なわけですしね。他人と関わりを持とうと

しなかった璃子が、こんな風に変われて良かった、と心が温かくなりました。

個人的には、いじめられてた高校生がボクシングの指導を受けることで少しづつ

心も強くなっていく『タイギシン』と、四十代半ばにして独身のカフェチェーン

従業員が、美術館の最上階の眺めの良い部屋で東京を一望することで心を癒やす

『眺めのよい部屋』が心に残ったかな。高校生のやつは、心技体を鍛えることで、

ちょっとづつ成長して行く過程にぐっと来たし、カフェチェーン従業員の方は、

四十代独身女性の内面描写がとてもリアルだったし、なんといっても、後半の

母親が上京して来た辺りからの展開に心を掴まされました。母親の心情を思うとね。

もう、涙腺崩壊しかけましたよ・・・。遠くで一人で頑張ってる娘にひとめ会いたい

っていう親ごころがね。あんな状況だったのにね。

もちろん、それ以外のお話も良かったです。桐人の話読んでて、久しぶりに

プラネタリウムに行きたくなっちゃいました。我が街にも、結構大規模な施設の

プラネタリウムがあるんですよね。出来た当時は、東洋一とか言われてたんだっけ

(今はもちろん、他にいくらでもすごい施設のところがたくさんあると思いますが)。

自分ならではの隠れ家を見つけられるのっていいなって思わされた作品でした。

ちなみに、タイトルの『ハイダウェイ』が『隠れ家』という意味だそうです。

勉強になりました(笑)。