葉真中顕さんの最新長編ミステリー。葉真中さんらしい、現代社会の闇を切り取った、
社会派ミステリーでしたね。
児童公園でホームレスの老女の死体が発見された。首を締められた後、灯油を
かけられて死体は燃やされたようだ。犯人の草鹿秀郎はその場で捕まり、
『ホームレスなんて何の役にも立たなくて目障りだから殺した』と話しているらしい。
その上、草鹿は自宅で父親も殺したと自供しているという。そんな犯人の草鹿は、
18年間無職で引きこもり生活を送っていた。長年引きこもりで他人と関わりを
持たなかった男が、なぜ二人もの人間を殺すに至ったのか。男は自らの絶望の人生
を振り返る――。一方、事件を捜査する桜ヶ丘警察署の奥貫綾乃は、殺された
ホームレスの老女を知っていた。彼女はいつも、見かける度に華やかな花柄の服を
着ていて、ホームレスには見えなかった。綾乃は、内心で彼女のことを『フラワー
さん』と呼んでいた。離婚して子供と離れて暮らす道を選んだ綾乃は、自分もこの
フラワーさんのように孤独に死ぬのかもしれない、と自分と重ね合わせてしまう。
事件の裏に潜む、孤独と絶望の叫びとは――。
若干感想がネタバレ気味です。
未読の方はご注意ください。
舞台が自分の地元に近い場所なので、知ってる地名が次々と出て来て、読んでて
嬉しかったし、ちょっと興奮しました。まぁ、犯罪の舞台なんですけど・・・^^;
出て来る駅名とかはそのままだけど、駅前の施設なんかは、ほとんどフィクション
って感じでしたね(知ってるからこそわかるw)。
ホームレスの老女を殺した犯人の独白と、事件を追う女刑事の視点が交互に出て
来る構成。犯人の草鹿は私と年齢も近いので(綾乃もだけど)、自分の過去を
振り返る過程で出て来る社会現象や大きな事件などの出来事は、ほぼ同じ時期に
自分も経験していることばかりなので、自分も過去を追体験しているような気持ち
になりましたね。あの時期にはあんな出来事があった、あんな事件もあった、
あんな凶悪犯罪や災害に世の中が震撼した・・・。最後はもちろん、コロナの
パンデミックですが。
ただ、途中からほぼ引きこもりになってしまう草鹿は、そうした世の中を揺るがす
出来事が起きても、結局家の中で他人事のようにしか感じられて来なかったわけ
なのですが。唯一、東日本大震災が起きた時にだけ、家庭内のある事情を受けて、
心境の変化が訪れるのですが。草鹿が引きこもりから脱却するには、この時が最後
のチャンスだったと思う。けれど・・・。結局、草鹿の本質は変わらないまま
だったのが残念だった。
承認欲求の強い草鹿の内面描写は、読んでいてイライラさせられました。
自分がダメなのは、世の中が自分を認知してくれないからだ、という考え方は、
正直、甘えにしか思えなかったです。自分から何もしようとしないで、自分がダメ
になった責任を親や社会に押し付ける。発端は子供の頃に受けたいじめから始まって
いるのだろうけど・・・。まぁ、うまくいかない人生を、何かのせいにしないと
生きていけなかったのだろうけども。
現代社会の重要な問題として、よく8050問題が取りざたされているけど、
まさに草鹿親子のケースはこれに当てはまろうとしていたと思う。結局親が
80になる前に、事件は起きてしまった訳だけれど。父親が最後に草鹿に頼んだ
ことに衝撃を受けました。父親は父親で、限界だったんだろうな、と胸が苦しく
なりました。そりゃそうだよね。長年、働かず家に閉じこもる息子に悩まされ
続けて来たのだから。こんな息子がいるせいで、妻は変な詐欺まがいの水に
大金をつぎ込む羽目になったし。草鹿の半生の独白部分を読むのは、正直ちょっと
しんどかった。そこの部分が長いものだから、少し途中で飽きてしまったところも
ありましたし。でも、終盤、畳み掛けるように事件の真相が見えて来るくだりは、
さすがの面白さでした。人物関係が少し複雑なので、混乱したところもありました
けれども。フラワーさんの事件の真相には驚かされましたね。まさかの人物が
最後に出て来て、あれ、この人どこで出て来た人だったっけ?と忘れかけて
ましたよ・・・。名前聞いて、ああ、そこに伏線があったのか、とは思いました
けど。ただ、さすがにこの真相にするには、もう少しヒントになる伏線が必要
だったのでは、と思わなくもなかったけれど。
草鹿が、フラワーさんの遺体を猟奇的な方法で遺棄した理由に、胸が苦しくなり
ました。でも、こんなことがまかり通ってしまったら、日本の司法も終わりです。
父親の殺害の真相も明らかになってしまったから、どうあっても草鹿の目論見は
通らないだろうし、これからは一人で生きて行かなきゃいけなくなるでしょうね。
そうなった時、もう助けてくれる親もいないし、どうするんでしょうか。
ただ、どこかで間違ってこんな人生になってしまった人間って、世の中には
いくらでもいると思う。こんな筈じゃなかった。もっと世の中の役に立てる筈だった。
草鹿の人生って一体何だったんだろう。でも、他人に認められるってそんなに
必要なことかな。私には、そんなに承認欲求ってものがないから、彼がそれほど
こだわった、他人に認められたいって気持ちには、あまり共感出来なかった。
最近の若い子も、この承認欲求に振り回されて人間関係うまくいかなくなるって
ケースが多いのだろうけども。自分は自分、他人は他人。誰もがそうやって思える
なら今の世の中もっと生きやすいのだろうけどね。でも、そんな単純じゃないよね。
草鹿の心の叫びも、フラワーさんを殺した犯人の心の叫びも、綾乃の孤独の叫びも、
胸に突き刺さって苦しかったです。綾乃は、一生娘に会えないままなんだろうか。
綾乃は、今からだって、もっと正面から娘と向き合うべきって気もするけども。
娘にとっては、今更か。
多少の中だるみ感はありましたが、現代社会の問題に深く切り込んだ、
読み応えのある一作でした。