ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

乙一・中田永一・山白朝子(作品解説/安達寛貴)「沈みかけの船より愛をこめて 幻夢コレクション」(朝日新聞出版) 

読み逃していた、乙一中田永一・山白朝子さんによる一人アンソロジー。新刊時

に予約本ラッシュで借り逃していたのでずっと気になってたんですよね。今回、

久しぶりに予約本ゼロになったので、開架から借りて来ました。最近、予約本が

常に回って来ている状態がずっと続いていて、なかなか開架で本を選ぶってことが

なかったのですが、やっぱり、開架を眺めながら、どの本借りようかな~って

物色している時間って、めちゃくちゃ楽しい。あ、これ読み逃してたやつだー、

とか、これ、ブロ友さんがお薦めしていたやつだーとか、借りたい本が次から次

へと出て来るから、それはそれでどれを選ぶか悩む訳ですが^^;嬉しい悩み

ですけどね。でも、また今は予約本ラッシュになりつつあって、開架本を借りる

のはまたしばらくお預けになりそうですが。

 

さて、本書は、三人+解説の安達さんによるアンソロジー。一人アンソロジーとは

何ぞや、と思われる方は、このブログを訪れる方には少なかろうと思いますが、

一応解説しておきますと、この三人(+一名)全員同一人物であります。つまり

同じ作家さんの別名義がたくさんあるってことですね。始めの頃はそれなりに

別名義ってことを隠していたような感じもありましたが、今では知らない人は

いないのでは?ってくらい知られているし、御本人も隠そうという気ゼロって

いうほど、オープンにされているような。だったら別名義とかいらないのでは?

って思うかもしれませんが、一応微妙にそれぞれの名義で作風が違っていたり

するから、何かこだわりがあるんでしょうね。ホラー色が強ければ乙一、青春色

が強ければ中田永一、耽美色が強ければ山白朝子、みたいな感じ。でも、乙一

名義でも青春色が強いものもあるし、山白さん名義でもホラーっぽいものがあったり

するので、一概に、この作風だからこの名義って定義できるものではないですけども。

ミステリ的要素は、どの名義の作品でもほぼ入ってますしね。解説の安達さんは・・・

あまりよくわからない(笑)。解説頼まれた時だけなのか。小説って出てましたっけ。

まぁ、いいか(適当w)。この一人アンソロジーは、『メアリー・スーを殺して』

以来二作目になりますね。

今回も、それぞれの名義らしい、粒揃いの作品集になっていると思います。どれも

良かったですが、やっぱり印象に残ったのは乙一名義のものが多かったかなぁ。

特に最後の2つの中編『沈みかけの船より愛をこめて』『二つの顔と表面』

は、さすがの出来でしたね。表題作の方は、どこかのアンソロジーで既読でしたが。

総じて、既読のものが多かったかな。でも、改めて読んでも面白かったから、

まぁ再読出来て良かったです。

『沈みかけ~』は、親の離婚によって、二人の姉弟が父親と母親、どちらについて

行くのか、を様々な面から考察して行くもの。どちらについていった方がメリット

が多いのか、姉である主人公はひとつひとつの要素を丁寧に考察し、冷静に判断

して行く。こう書くとかなりドライな性格に思えますが、弟の幸せの為にもドライ

にならざるを得ないのです。どちらについて行っても、もう片方には禍根が残って

しまう。こんな選択を強いる親に一番憤りを感じましたね。母親の秘密には驚かされ

ました。

ラストを飾る『二つの顔~』は、世にも珍しい、人面瘡が語り手という、風変わり

な作品。人面瘡自体の設定にはツッコミと入れたいところもありますけど(^^;)、

何とも憎めないキャラクターで、気弱なヒロイン・ユイとのやり取りが面白かった。

ただ、事件自体は猫殺しという残虐なものを扱っているので、眉を顰めるような

シーンも多々出て来ます。黒乙一らしいエグい描写もあり、若干読むのがキツかった。

特に、猫を殺すシーンの回想部分。犯人のしたことは、いかなる理由があっても、

絶対に許しがたい。復讐するにしたって、もっと違うやり方がいくらでも出来たはず。

何の罪もない猫が犠牲になったのがやりきれなかった。この作品に関しては、賛否両論

あるかもしれない。でも、個人的にはミステリの面白さが際立っていた作品だと

思いました。

あとは、中田永一名義の『パン、買ってこい』『地球に磔にされた男』も良かった

ですね。まぁ、どちらも既読ではあったのですが^^;『パン~』は不良の同級生に

目をつけられて、毎日パンを買いに行かされることになった少年の話。パシリに

されるいじめの話かと思いきや、お金はちゃんと払ってくれるし、何より、毎日

買いに行かされているうちに、主人公自身がいかにパンを効率的に買って戻って

来るか、に快感や楽しみを見出して行くところが爽やかで良かった。体力がついた

主人公が、限られた時間で焼き立てパンを買って戻って来る、疾走感溢れる

ラストも好き。

『地球~』の方は、父の友人が作ったタイムマシンで、時間跳躍を繰り返す男の話。

中田さんらしい時間SF作。基本的にこういうタイムトラベルものって苦手なんですが、

ラストのオチが良かったので、それまで何度も繰り返して出て来るタイムトラベル

シーンに若干飽きていたのだけど、全部報われた、と思えました。どういう終着点

になるのかな、と若干危惧していたのだけれどね。震災の悲劇を、希望に変えた

ところが素晴らしかった。いい終わり方でしたね。

どれもそれぞれの名義の特色が良く出ている作品集でしたね。

読み応えたっぷりの一冊でした。