ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

京極夏彦「狐花 葉不見冥府路行」(角川書店)

先日読んだ巷説シリーズに出て来た、中禪寺洲齋が活躍する京極さんの最新作。

歌舞伎公演の為に書き下ろされたもの。舞台を前提として書かれたものなだけ

あって、かなり視覚的な美しさを意識されて書かれているように感じました。

暗闇に浮かび上がる赤い曼殊沙華の花の光景が、鮮明に頭に浮かんで来ましたね。

さすがの描写力だと思いました。

時代設定は、『了巷説百物語のあの出来事より少し後になるようです。あちらの

作品の内容とリンクしている箇所もちょこちょこ出て来るので、もちろん本書

単独でも十分楽しめると思いますが、あちらを読んだ上で読まれた方が、より

事件の背景の理解が深まるかと思います。舞台上ではあちらの出来事をどんな風に

扱っているのかなー、とちょっと気になりましたけれども。

作事奉行・上月監持(こうづきけんもつ)の一人娘・雪乃は、度々出会う男に懸想

していた。その男・萩之介は、彼岸花が描かれた着物を着て、世にも美しい顔を

していた。雪乃は、再び萩之介に会いたい一心で、萩之介を目撃したという墓場に

急ぎやって来た。目撃したのは、雪乃お付きの女中だったお葉だった。しかし、

お葉は、最近死病に憑かれたかのように床に臥せっていた。お葉の代わりに雪乃

付きの女中になったお松は、萩之介という男には何か空恐ろしいものを感じて、

雪乃には近づいて欲しくなかった。お葉の病の原因も、この萩之介にあるのでは

ないか。上月監持も、娘が懸想している男には、何か裏があるのではないかと

案じていた。もしや、自分の過去の悪行と何か関わりがあるのではないか――。

監持は、この出来事を万事上手く収めてもらう為、武蔵晴明神社の宮守・中禪寺

洲齋を屋敷に招き入れる。洲齋が明らかにする、この出来事の悲しき背景とは――。

舞台の原作ということで、京極さんとは思えないページ数の少なさ(笑)。

253ページですからね。普通の本よりも少ないですね。とはいえ、作品の密度の

濃さはさすがです。出会った女性と次々と虜にして行く魔性の男・萩之介を巡る

不穏な物語。女たちの前に、なぜ萩之介は姿を現すのか。萩之介に魅入られた女

たちは、萩之介の姿を前にして、恐怖にかられる。なぜなら女たちは、自らの手で、

萩之介を殺したのだから――。

この幽霊事件の背景には、ある人物を中心にした、複数の人物たちによる、過去の

あまりにも醜い悪行が関わっていました。この時代ってことを差し引いても、こいつ

らのしたことは、本当に卑劣で許しがたかったです。自分たちの益の為なら、他人

をいくら排除しても構わない、という傲慢なやり方には反吐が出る思いがしました。

悪者が徹底して悪者に書かれるあたり、京極さんの悪に対する容赦のなさを感じ

ましたね。まぁ、歌舞伎の舞台で演じる訳だから、徹底した勧善懲悪の方が共感を

得やすいし、わかりやすいというのもあるのかな。歌舞伎観たことないから想像

ですけど^^;

死んだ筈の男が女たちの前に姿を現すという不可解な出来事の真相は、さすがに

良く出来てましたね。ちょいちょい忘れそうになるけど、やっぱり京極さんは

ミステリーの人なんですよね。萩之介の正体にも驚かされましたしね。洲齋の

憑き物落としによって、この悲しい事件の真相が明るみに出るラストシーンは圧巻

でした。あまりにもやりきれない幕引きではありましたが・・・。一番の悪人が

生き延びたところだけは腑に落ちない気持ちになったものの、死に匹敵するくらい

の精神的な痛手を負わせたのは間違いはなく、この先の生き地獄を思うと、死んだ

ほうがましだったのかもしれないと溜飲が下がりました。

京極堂の決めゼリフ『この世に不思議なことなど何もない』のルーツが、洲齋さん

にあったことがはっきりとわかって、感慨深い気持ちになりました。洲齋さん

自身の悲しい出自も明らかになって、百鬼夜行シリーズの原点とも言っていい

作品ではないでしょうか。シリーズファンなら、絶対に読んで頂きたい作品ですね。

今回、各章のタイトルはすべてが曼殊沙華の別名になっています。~花とつく

呼び方が、こんなにあるとは知らなかったです。不穏な呼び方ばかりですけどね。

一番ポピュラーなのは彼岸花でしょうけど。確かに、お墓の近くに良く生えていて、

不吉なイメージが強いかも。でも、彼岸花って、赤だけじゃなくて、白とか黄色

とか、いろんな色のがあるんですよね。実物見たことありますけど、赤い色の

とはまた全然イメージが違って、きれいでした。

歌舞伎で演じられると、どんな風になるのか、すごく気になりますねぇ。舞台映え

しそうなシーンばかりだから、すごく画になりそうです。観に行かれた方の

ご感想とか聞いてみたいなぁ。