ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

櫻田智也「六色の蛹」(東京創元社)

魞沢泉シリーズ第三弾。前作が素晴らしい出来だったので、今回もとても楽しみに

していました。あとがき読むと、ご本人も二作目の評判がかなり良かっただけに、

三作目のプレッシャーも、それなりにあったようですが・・・いやぁ、

今回も良かったですねぇ。ラスト一話読んで、胸がいっぱいになってしまった。

前のお話のフォローが、その後のお話の中でしっかりされているところも良いですね。

こういう、一話完結的な作品だと、脇役キャラも一話限りで終わっちゃうことが

多いと思うんですが、このシリーズはそうじゃないところが好きです。魞沢は、

それぞれの旅先で出会った人たちとの縁を大事にしていて、作者は、そうした各

短編に出て来た人物たちを、一話だけの脇役キャラ扱いにはしていない。そうした

出会いを、魞沢自身の成長に繋げているところがいいんですよね。

今回、前二作ほど虫が各作品に重要なアイテムとしては登場しておらず、魞沢の

昆虫バカっぷりが大分影を潜めているところは、ちょっと物足りなさもありました

けども。まぁ、個人的には虫苦手なんで、別にいいっちゃいいんですけど、やっぱり、

魞沢のキャラを考えるとね。あの昆虫フェチなところが彼のキャラ立ちのひとつでも

あるのでね。

でも、それを差し引いても、人間ドラマの部分で十分読ませてくれる要素があるので。

もちろん、ミステリ的な面白さも間違いなし。今回も完成度の高い作品集でしたね。

 

では、各作品の感想を。

『白が揺れた』

山の中でハンターが何者かに銃で撃たれて死亡した。前日に、誤射事件の講義を

行っていたベテランハンターが被害者だった。狩り仲間の串呂は、被害者の恰好

を見てある違和感を覚えるのだが――。

最後の、犯人と魞沢のやり取りが切なかったです。魞沢にとって辛い出会いに

なってしまったのが悲しかったです。

 

『赤の追憶』

長野県南部の都市の国道沿いでフラワーショップを営む翠里。ある日、雨脚が

強まる中、四十代半ばの女性客がやって来た。彼女は、店内に置いてあった季節外れ

の真っ赤なポインセチアに目を止めて、それを売ってほしいと頼んだ。しかし、

その花は、予約販売で特別に取り寄せたものだった。一年前にやって来たある客の

為の――。

これは、魞沢の考察によって、一年前の出来事がきれいにひっくり返るところが

お見事でしたね。確かに、魞沢の言葉の後で、一年前の店主と客の会話を読み返して

みたら・・・なるほど!って感じでした。それはそれで、悲しい真実でしたけど

ね・・・。ミヤマクワガタという植物があるとは初めて知りました。そりゃ、

魞沢じゃなくても勘違いしちゃうよね。

 

『黒いレプリカ』

函館市上輪山の工事現場で土器らしきものと共に、白骨らしきものが発掘された。

宮雲市の<噴火湾歴史センター>職員の甘内は、アルバイトの魞沢と共に現地に

赴くが――。

犯人の身勝手な動機に辟易しました。何の罪もない善意の人間に罪をなすりつけて、

のうのうと生きてきたことにも。いつの時代も、部下は上司に逆らえないもの

なんでしょうか・・・今の、兵庫県知事みたいだな。甘内さんは、一生消えない

後悔を抱えることになってしまった。でも、相手のことを誤解したままにならなくて

良かったと思う。

 

『青い音』

文具店で懐かしいインク瓶を見つけた古林。手に取ろうとすると、先に誰かに

取られてしまった。棚に置いてあったのは、その一つのみだった。相手に譲ると、

それがきっかけで立ち話が始まった。偶然にも、相手も自分がこれから行く予定

のコンサートに行くのだという。親しみを感じた古林は、コンサートまでの数時間、

近くのカフェでお茶しようと誘う。そこで、古林は、なぜか自分の身の上を相手に

語りたくなり、話し始めた――。

古橋の正体には驚かされました。全然気づいてなかった^^;五小節の楽譜は、

どんな音色なんだろう。シャルトル大聖堂は行ったことがあるから、そのステンド

グラスの美しさも知っています。懐かしかったな。

 

『黄色い山』

魞沢の師匠だった、へぼ取り名人が亡くなった。出会ってから三年が経っていた。

魞沢は、当時に知り合った三木本から連絡をもらい、葬式にやって来た。名人は、

三年前の事件について後悔を抱えていたという。そして、生前、名人は自分が

死んだら、自分が掘った仏像を一緒に棺に入れて火葬して欲しいと言い残して

いた。一体どんな意図があったのか。

一話目に出て来た山の事件の後日譚のような作品。ネタバレがあるので、必ず

順番に読んだ方が良いですね。過去の事件には、複雑な人間模様が絡んでいました。

いろんな人の思惑が交錯するので、ちょっと頭が混乱しました(アホ)。名人の

後悔と苦悩にやりきれない気持ちになりました。人間、何かしら人に言えない

秘密を抱えているものですね・・・。

 

『緑の再会』

雨が降る中、翠里が店主を務める花屋にフードを被った男性がやって来た。男性は、

店内にある高山植物に目を止め、不適に笑った。しかし、男性の目当ては植物

ではなく、店主にあるようだが――。

これは素敵な後日譚でしたね~。魞沢の涙がとても印象的でした。でも、いい涙

だったから、心がほんわかしました。こういう勘違いならいいね。魞沢が、

いつの頃から、ものごとを悪い方にばかり考えるようになってしまった、みたいな

ことを言ったのが切なかった。自分と関わる人間がことごとく不幸になってしまう

から、ずっと気に病んでいたんですね・・・魞沢が悪いことなんてひとつもないのに。

多分、自分は疫病神、みたいに思っていたんだろうな。でも、優しい魞沢の言葉に

救われて来た人もたくさんいると思う。翠里さんもその一人ですよね。二人が

再会出来て嬉しかったです。

 

やっぱり、このシリーズはいいですね。魞沢のキャラクターは本当に好きだな。

ミステリとしてだけではなく、人間ドラマも加味した、作品自体の完成度が高い

のが素晴らしいと思う。もっともっと魞沢の活躍が読みたいですね。