
一穂さん最新作。直木賞受賞後第一作目にして、本屋大賞候補作にも挙がりましたね。
むぅぅ。これは、なんとも評価が難しい作品でしたねぇ・・・。共感も好感も全く
得られないけれども、先が気になってぐいぐい読まされてしまう作品なのは間違い
ない。
カメラマンの新夏は、友人の結婚式の帰り、交際5年になる恋人の啓久から
不意打ちでプロポーズされ、受け入れた。式のことや彼の両親とのことなど、
引っかかる点がないわけではないが、好きなところも尊敬できるところも多い
啓久となら、この先どんなことでも楽しめると思い、幸せだった。しかし、翌日、
義母からの電話ですべての状況が一変してしまう。啓久が、電車の中で女子高生
のスカートの中を盗撮しようとして警察に捕まったというのだ。概ね容疑を認めた
啓久は、「ついやってしまった」「二度としない」と言うが、新夏はどうしても
信用出来ない。だが、5年の付き合いで培って来た啓久への情を断ち切ることも
出来ない。葛藤の末、やがて新夏はある一つの決断を下す――。
幸せ真っ只中から一転、どん底に突き落とされた女性の話です。これはキツいな~。
盗撮だもんな~・・・犯罪、しかも性関係。車で事故起こしたとかだったらまだ
どん底はどん底でも、生理的な嫌悪まではいかず、支えようって気にもなるだろう
けど。二度とやらないって言われたって、自分の欲望からの犯罪だから、また
いつそういう気になるかわからないし、信じろって言われても無理があると思う。
なんでまた、プロポーズの翌日にそういう気になるのか、まったくもって理解不能
だった。ほんの出来心って言われてもさ。大好きな人にプロポーズして、OKして
もらえて幸せいっぱいの時に、なんでそんなことしようと思うのか。電車の前に
いた女の子の足がキレイだったから、中を覗きたくなって・・・て。まぁ、男性
の生理的感情として、そういう気持ちが芽生えても仕方ないのかもしれないけど、
そこで写真を撮るって行動に実際出るのと妄想だけで終わるのとでは、天と地ほどの
理性の違いがある。そこを実行に移してしまう人間って、もうそれだけで私的には
生理的に無理って思っちゃうかも。ただ、新夏の心情はそんなに単純ではなくて。
やっぱり、5年間付き合ってきて、いいところも尊敬できるところもたくさん知って
いる啓久という人間との関係を、たった一度の過ちだけで断ち切っていいのか、
葛藤が始まります。そこには、新夏の感情だけではなく、啓久の両親や姉の真帆子、
新夏の友人の葵など、様々な人物の思惑も交錯して、新夏の判断を惑わせていく。
出て来る登場人物、ほとんど好感持てなかったなぁ。一番イヤだなと思ったのは、
啓久の母親。どんなに啓久のことが好きだろうが、この母親と親類になるのは
私だったら絶対無理だ。啓久の犯した犯罪の重さの意味が全くわかっていないもの。
ただただ、自分の息子が可愛くて、大した犯罪とも思っていない態度に呆れ果て
ました。何かある度にジャムを煮込んで息子の彼女に渡すところもちょっと怖い。
ストレス溜まるとジャムを煮込むって、なんかそういう短編どっかで読んだよな、
と思いながら読んでたのだけど。誰の作品だったかなぁ。味は美味しいのだろう
けど、なんか怨念こもってそうで食べたくないよ、そんなの(><)。
母親とは正反対で、啓久の姉・真帆子の反応がまた極端で。啓久のしでかしたと
をばっさり斬って、新夏には別れを決断しろと迫るという。まぁ、普通はそちらの
反応が一般的だとは思いますけども。身内にしては厳しいというか。それは彼女自身
の性犯罪というものに対する拒否反応から来ているわけですが。彼女の言動も、
ちょっと行き過ぎていてあまり共感は出来なかったな。
新夏の友人の葵の意見は、わからなくもないけど、共感もしにくいって感じ。相手
がやったことには目をつぶって、今の生活を大事にする。結婚している葵ならでは
の意見だと思いましたね。今回、新夏はプロポーズをされただけで、籍を入れる前
だったというのも、微妙なタイミングだったと思いますね。結婚してるか否かでも、
判断は大きく分かれるんじゃないかなぁ。
でも、一番問題なのは、啓久自身が自分がしでかした犯罪を、それほど重大なこと
だと思ってなかったことに尽きると思う。謝れば許してもらえると簡単に思ってる
節があったところにドン引きしました。もし、私が新夏の立場で、こういう態度を
取られたら、その時点でもう迷いなく関係性を断ち切りたくなると思う。ただ、
後半の啓久視点からの物語を読んで、少し彼に対する感情も変わって行ったの
ですけどね。やっぱり、本人視点から語られることで、その人の本質って見えて
来るから。他人から見た啓久の言動だけでは、こういう感情にはなれなかったと
思う。そういう意味では、新夏と啓久、男女両方の視点で語られたことで、偏る
ことなくバランスの取れた作品になってると思いましたね。このあたりはやっぱり
上手い。共感出来る出来ないに関わらず、どちらの心情も伝わって来ましたから。
啓久の被害者の女子高生もまた、絶妙なキャラクターでしたね。彼女は彼女で
いろいろと抱えているものもあって。被害者だけど、なぜか啓久にすり寄って来る
という。普通は二度と顔も見たくないと思う筈だけど。かなり特殊なケースだと
思いました。彼女もルッキズムに苦しめられる被害者の一人なんですよね。すれ
違っただけの見知らぬ男たちに、なぜ勝手にがっかりされて貶められなきゃいけない
のか。盗撮犯にさえすがりたくなるほどの孤独を抱えている彼女の言動は、なんだか
とても痛々しくて、いたたまれなかった。
最終的に新夏が出した決断に関しては、まぁ、そうだろうな、って思いましたね。
でも、いつかまた覆る日が来るかもしれないしね。
やってしまった罪は一生消えることはないけれど、啓久にはそれを乗り越えて
その罪を抱えて生きて行って欲しいと思う。いろんなひとを傷つけたのは間違い
ないのだから。
いろんなことを考えさせられる一作でしたね。読んでいて気持ちのよい話では
全くないけれど。読ませる力はやはりすごいな、と改めて感じさせられました。