
青柳さんの歴史大作。ついこの間の直木賞候補にも挙がっていましたね。惜しくも、
受賞作なしという結果でしたが。歴史物ということで、実は最初はスルーしてたの
だけど、直木賞の候補に挙がっていたから、一応予約しておいたんですよね。
いやー、借りて良かった。めっちゃ面白かった。歴史物とはいえ、時代は明治以降
ですし、何と言っても、題材が乱歩。当時のミステリーの変遷なども出て来て、
興味もあるし、読みやすいしで、すいすい読み進められました。
杉原千畝に関しては、テレビで何度か取り上げられていたのをちらっと見て、
どっかの外国でたくさんのビザを発給して人を助けたってくらいの浅い知識しか
なかったので、今回ざっとですが、彼の半生を知ることが出来て(いや、大部分は
フィクションではあるんだけども、実際の功績の部分も出ては来るので)、勉強に
なりました。乱歩と千畝、一見全く交わることのなさそうな二人の友情物語に、
ぐいぐいと引き付けられていきましたね。途中仲違いしたりもするんだけどね。
良くこんな突拍子もない話を考えついたなぁ。青柳さんってすごいや。実際交流が
あったかどうかはわからないのですが、冒頭の出会いのきっかけである、愛知五中
出身で早稲田に入学したっていうのは、実際に共通しているらしいです。同じ
学校出身の人たちとの集合写真が残っているそうで、ネットに上がってました。
そういう共通点から物語を膨らませて、もしかしたらありえたかもしれない二人
の交流の物語を作り上げてしまった青柳さんの手腕に脱帽でした。あの時代の
乱歩の飛ぶ鳥を落とす勢いの売れ方なら、遠い外国にいる千畝が翻訳した作品を
手にしていても、確かに不自然ということはないでしょうし。と、ついつい信じたく
なってしまうくらいのリアルさはありましたね。説得力があるというかね。もちろん、
長く会っていなかったのに、突然電車の中で再会したりと、偶然に頼っている部分も
多々あったりして、多少の強引さはありましたけれども。まぁ、そもそも、ミステリー
作家と外交官という、一見接点のまったくなさそうな二人が要所要所で交わらな
ければならないわけなので、その辺りは仕方のないところでしょうね。
乱歩のキャラクターがいいですね。結構情けない性格というか。奥さんとのなれそめ
は事実なのかなぁ?文通して、会ったこともないのに結婚の約束。で、実際彼女が
乱歩の家にやってくるとなったら、恐れをなして逃げ出していなくなっちゃうとか、
もう、めちゃくちゃ(笑)。ツッコミところ満載のエピソードだらけで、楽しかった
です。結婚したらしたで、奥さんが知らない間にアパートをまるごと買って、奥さんに
管理させたりね。奥さん嫌がってるのに(苦笑)。
ミステリー作家として成功してからも、ちょいちょい失踪するしね。その辺りの
奇行癖は、実際のエピソードによっているのかなぁ(なんか、作家ならありそう)。
千畝の方は、もういかにも真面目で堅物って感じの性格。最初のロシア人の奥さん
がめちゃくちゃ素敵な人だったので、ああいう形のお別れをしなきゃいけなかった
のには胸が痛みましたね。あと、千畝のことが大好きな彼女のお母さんとも。
二番目の日本人の奥さんの幸子さんも素敵な人ではあるけれどね。リトアニアで
ユダヤ人三千人にビザを発行するエピソードの部分には、やはりぐっと来るものが
ありましたね。外務省の命令に背いてまでも、人の命を救うことを選んだ千畝の
選択に心を打たれました。外交というデリケートな問題の壁に常に阻まれる千畝の
人生は、さぞかし大変だったことでしょうね・・・。命の危険と隣合わせな訳
ですから。とはいえ、乱歩は乱歩で、戦争の只中に放り出されて、命の危険に
晒されることもありましたが。
とても面白かったのだけど、じゃ、なぜこれが直木賞獲れなかったのかというと、
私個人の感想からいえば、おそらく終盤の失速じゃないだろうか。乱歩が当代
きっての人気作家になって、千畝がビザ発行して以降の物語が、駆け足すぎて
雑になってしまった印象が否めない。なんか、蛇足が多いというか・・・。それ
まですごく緻密に描かれていた印象だったのに、そこからは史実を元にそれを
なぞっただけみたいな書き方だったので。乱歩の死も千畝の死(後者に関して
は一文のみだし)もあっさりだったしね。もうちょっと終盤に盛り上がりが
あったら、受賞してもおかしくなかったんじゃないかなぁと思いましたね。
とはいえ、全体的には本当に素晴らしい歴史小説になっていると思う。あくまで
フィクションなんだけど、もしかしたら、こういう交流があったかもしれないと
信じたくなってしまうような、素敵な友情物語でもありました。
乱歩の交友関係の中で、横溝正史との交流が一番嬉しかったし楽しかった。
それ以外にも、当時流行ったミステリー作家がわんさか出て来て、ミステリ好き
にもたまらない物語なんじゃないかな~。やはり、あの当時、ミステリーの中心に
いたのは乱歩だったんだな、と改めて感じさせられました。正史が編集者から本格
ミステリー作家として成り上がって行くところも嬉しかったですね。
乱歩の人生も千畝の人生も、それぞれに山あり谷ありで、読み応えがありました。
どちらを知るにも、興味深い作品になっているのではないかな。ぜひたくさんの
人に手にとってもらいたい傑作だと思いました。