
一穂さんの最新作。いなくなった恋人の秘密を探るため、五島列島の島に旅立つ
男のヒューマンミステリー。若干ファンタジー要素あり。長編は三年ぶりの上梓
だそうです。なんか、定期的に作品が出てるイメージあるけど、短編集だったの
かな。
タクシー運転手の川西青吾は、仕事を終えて自宅に帰ると、一緒に住む恋人の多実は
不在だった。多実は、昨日の朝突然一泊旅行に行くと言って出かけて行った。
今日の夜には帰ると言っていたため、さほど心配していなかったものの、翌日
以降になっても多実は帰らなかった。携帯も繋がらず、次第に気持ちに焦りが
出始めた青吾は、意を決して警察に行方不明届けを出しに行く。そんな青吾の
元に、警察から突如知らされたのは、五島列島で転覆した小型船に男性と二人で
乗っていた多実が、海に投げ出されたまま行方不明になっているという事実だった。
多実はなぜ男と二人で五島列島などに行っていたのか。一緒の男とはどういう
関係なのか。何ひとつわからないことだらけで戸惑う青吾の前に、多実と一緒にいた
男の妻だという女性が現れた。沙都子と名乗るその女性も、夫の行動が理解出来
ないようだった。青吾は、沙都子と共に、行方不明の二人の行動の謎を探る為、
転覆した船の行き先であった、五島列島の遠鹿島に行くことに――。
突如自分の前から姿を消した恋人の過去を知る為、見知らぬ島に渡ることになった
中年男の切なさ、やりきれなさが行間から滲み出ていて、ぐいぐい読まされて
しまいました。一穂さんは、そういう人間心理の機微を描くのがお上手ですね。
恋人の不在によって、どれだけ彼女との日常が大切であったかに気がつく青吾の
後悔や戸惑いがリアルに伝わって来ました。そして、なぜ何も不満などなさそう
だった彼女が男と海難事故に遭ったのか。不倫逃避行だったのか。いろいろな
疑心暗鬼も芽生えます。青吾の前で笑っていた彼女を信じたい気持ちと、知らない
一面が明らかになったことで、見えていないものがあったのかもしれないと疑う
気持ちとのせめぎあい。遠鹿島に渡って、多実の過去を調べるうちに、少しづつ
明らかになって行く彼女の秘密。そこに青吾自身の暗い過去も交わっていたことで、
事態は思わぬ真実が浮かび上がって行く――。途中、手がかりが得られずにもどかしい
気持ちでいる青吾の元に、救いの光となったのは、以前多実が青吾に持たせた
お守りの中に忍ばされていた一枚のテレホンカード。島にある電話ボックスで青吾が
深夜、そのカードを使って多実に電話をかけると、受話器からは多実の過去の声が
――さすがに、次の行動の手がかりの大部分が、このファンタジックな設定による
ものってところは、ちょっと作りすぎだし、ご都合主義的に感じてしまいましたね。
幽霊になった多実からのメッセージというのが明らかなので、最後まで遺体は
見つからないままにも関わらず、生存は絶望的だとわかってしまいましたし。
何かの奇跡が起きて、ひょっこり帰って来て欲しかった。それこそ、リアリティが
ないのもわかっているのだけれどね。
青吾と一緒に遠鹿島に行くことになった沙都子に関しては、最初あんまり好感
持てないところもあったのだけど、彼女のいろいろな言動から、次第に見る目が
変わって行きましたね。彼女もまた、突然夫の裏切りを知って疑心暗鬼になり
ながらも、どこかで彼を信じたいという気持ちの元に、真実を知るべく行動
する、強い女性でした。どちらかというと、常に積極的に動いていたのは沙都子
の方でしたからね。時々行動が大胆過ぎて、ドン引きする場面もありましたけど^^;
最後に明らかになる真実は、ただただやりきれなかったですね。二人が海難事故
に遭ったきっかけも、ある人物の思惑によるものだったし。青吾の怒りと悲しみが
胸に突き刺さりました。多実の青吾に対する想いも、優しさも。
人間、失って初めて、一番大事なものに気づけるんでしょうね・・・。
せめて、青吾がいつか、もう一人の大事な人に再会出来るといいな、と思いました。
そして、何より、早く多実が見つかって青吾の元へ帰って来ますように。
大事な人の不在による、愛と喪失の物語でした。一穂さんの物語は、やはり
胸に迫って来る切なさがありますね。文章の巧さは健在だと思いました。