松尾由美さんの「安楽椅子探偵アーチー オランダ水牛の謎」。
及川衛は、六年生になったばかりのある日、駅の公衆電話に立てかけてあった忘れ物を
拾った。それは、書類用の封筒におさめられた桜の枝だった。そして、書類の一隅には
薄い鉛筆の走り書きで「オランダ水牛 7000~8500」「植民地」「スパイ=N?」
という不思議な文字が書かれていた。この謎を解いてもらうべく、家に持ち帰った衛は
歳の離れた話相手の‘アーチー’に実物を見せて事の詳細を伝える。数々の謎を解き明かし
た名探偵のアーチーだが、何故かこの件に関しては乗り気ではない様子なのだが・・・。
安楽椅子探偵アーチーシリーズ、待望の第2弾。
古今東西、安楽椅子探偵を扱った小説はたくさんあると思います。私自身もいろんなタイプ
の安楽椅子探偵ものを読んで来ましたし、このジャンルは大好きなのですが、本書のアーチー
程、真の意味での安楽椅子探偵はいないのではないかと思います。
アーチーは上海生まれで、数奇な運命を経て現在衛と供に暮らしています。かなりの老齢ですが、
口は達者でいつも小学生の衛を煙に巻いている。でも、非常に切れ者で、衛や衛のクラスメイトの
野山芙紗が持ち込んで来る謎を話を聞いただけで鋭い推理で解き明かす頭脳明晰さを持ち合わせて
います。そして何よりも両親が共働きで家に一人でいることが多かった衛の一番の話し相手であり、
友でもある・・・とここまで書いている限り、普通の安楽椅子探偵ものと変わりはありません。
一体何が普通と違うのか。答えはアーチー自身の謎にあります。それは是非ご自分で読んで確認して
頂きたいです(一応ネタばらししないように注意して記事を書いたつもりです)。
まぁ、読み始めて1ページ目ですぐにばれちゃいますけど。というより、本についてる帯ですでに
ばれてる可能性もありますが^^;
この設定を初めて読んだ時は、目からウロコでしたね~。こんな切り口があったのか!と
思いました。とにかくアーチーのキャラが秀逸。老獪にして知識豊富で、口は悪いけど
ユーモアセンスもあり、所々でお茶目な面も覗かせる。読んでいて、とても愛嬌があって
可愛らしい。ほんと、私も家にこんな話し相手が欲しいです!そして、主人公の衛少年が
また憎らしいほど可愛いキャラクター。少年らしい所も持ちつつ、なかなか冷静で老成した
雰囲気もあり、この歳の少年としてはかなりしっかり者。いいですねぇ。アーチーとは
まさににベストコンビという感じ。
扱っている謎は日常の謎系列。第2弾は、全ての作品の題名にクイーンの国名シリーズに
倣って‘国名’がついています。一番面白かったのは「イギリス雨傘の謎」かな。衛と芙紗が
伝える本当に細かい状況もきちんと謎解きに生かされていて、アーチーの理路整然とした推理に
感心しました。もちろん扱っているのは衛の小学校で起きたささいな事件ではあるのですが。
ただ、今回アーチーが純粋に推理して謎が解き明かされるという形式の作品が少なく、衛が
体験したそのままの事件が多かったのは少し残念。やはりアーチーの安楽椅子探偵ぶりが
この小説の醍醐味という気がしますから。でも、あとがきを読む限り、作者は意図してこの
ような形式を取り、衛少年の成長ぶりを伝えたかったようなので、納得するしかないかな。
是非是非、中学生になってもっと大人になった衛の姿も書いて欲しいと思います。
とにかく、本当の意味での「安楽椅子探偵もの」であることは保障します。そしてまさしく
‘ユーモアミステリ’を冠するに相応しい小説でもあります。読んだ後爽やかな気分に
なれること請け合いです。そう、猟奇殺人を続けて読んだ後に読むには最も適した作品
でもあるでしょう。ああ、良かった。アレの後にこれ読めて。