ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

薬丸岳/「天使のナイフ」/講談社刊

薬丸岳さんの「天使のナイフ」。

セルフサービスのコーヒーショップで店長として働く桧山貴志。最愛の妻・祥子を惨殺され、
心に傷を負ったまま娘の愛美と二人暮らしを続けていた。犯人は当時13歳の少年3人だった。
4年後のある日、少年の一人が殺された。桧山は容疑者の一人として刑事の訪問を受ける。
妻の事件のことが知りたい――事件を追い始めた桧山に襲いかかる数々の罠。仕組んでいるのは
誰なのか。そして、少年犯罪の真の更生と贖罪とは――第51回江戸川乱歩賞受賞作。


力作でした。現行の少年法のあり方を問う作品として、ついこの間貫井徳郎さんの「空白の
叫び」を読みましたが、まさしく対になるような作品。貫井さんの作品は加害者側の視点、
本書は被害者側の視点という違いはあるものの、根本で訴えるものは共通しているように
感じました。犯罪を犯した少年がその後の人生をどう生きるのか。加害者・被害者の人権は。
いろいろな場面で少年犯罪について考えさせられる作品でした。ただ、本書は単に少年犯罪
について問いかけるだけの作品ではありません。乱歩賞選考委員満場一致で受賞が決定した
のも頷ける程、綿密に練られた構成になっていて、細かい伏線や最後の最後であっと言わせる
仕掛けを用意していて、新人とは思えない筆力を感じました。それぞれの設定にほとんど
無駄がなく、綺麗に纏められていて、完成度の高いミステリを読んだという感じがしました。
新人でここまで書けるというのはすごいです。著者経歴を見ると、本書が初めて書いた小説
というのだから脱帽です。もちろん、刊行に際して多少の手直しはしているのでしょうけど。
才能のある人っていうのは、いきなりこういう作品を世に出してしまうのですねぇ。

主人公の視点で物語が進んで行く以上、どうしても被害者側の立場になって少年犯罪に甘い
現行法に憤りを感じて読んでしまったのですが、著者はそこばかりを強調している訳では
ありません。後半部分を読んで行くと、次々と意外な事実が判明して、主人公自身も犯罪を
犯した少年の更生について深い迷路に迷い込むことになる。本書の優れているところは、
人はどちらの立場にもなり得るという事実を弁えて作品を書いている点ではないかと思います。
自分の子供が人を殺すかもしれないし、誰かに殺されるかもしれない。被害者、加害者の
立場というのは、本当に紙一重で、司法はどちらの立場も尊重できるようなものでなければ
ならない。だから、どちらか一方だけに視点を絞って書いてしまうと、とても極端な小説に
なってしまいかねない。そう言う意味ではなかなか公平な眼で見ている所に好感が持てました。
と言っても、私自身は現行の少年法は軽すぎると思っている方なので、物語前半の主人公が受けた
司法の仕打ちには憤りを感じてかなり感情移入してしまったのですが。

私が読んだ乱歩賞の中でもかなりの上位に入る力作だと思います(そんなにたくさんは
読んでないですけど)。
特に、本書の中で重要な小道具となるペンダント型の万華鏡の使い方は良かったですね。
実は読んでて私も欲しいなーなんて思っていたのですが、実は、昨日行った庭園美術館
ミュージアムショップで同じようなものを見つけてしまったんですね。本当にタイムリーだった
ので、ついつい衝動買いしちゃいました。まぁ、本書で出てくるような1点ものではないので、
もっと安価なやつですけど。なんて影響受けやすいやつ^^;

いろいろなことを考えさせられる小説でした。
是非、貫井さんの作品と合わせてお読みいただきたいと思います。