ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

北國浩二/「夏の魔法」/東京創元社刊

北國浩二さんの「夏の魔法」。

13歳のナツキとヒロは太平洋に浮かぶ孤島‘風島’で最高の夏を過ごしていた。眩しい夏の
陽光の中、二人で毎日イルカのように泳いだ。見るもの全てが美しく、輝いていた日々。ナツキの
側にはいつもヒロがいた。あの日々がいつまでも続けばいいと思っていた。しかし――9年の歳月を
経て、早坂夏希は再びこの島に戻って来た。あの素晴らしい思い出の地で最後の生を生きる為に、
名を偽り、身分を隠して。そして夏希の前に素晴らしい青年に成長したヒロが現れた・・・。


実に残酷で哀しい物語です。主人公夏希がかかっている病気は‘早老症’。病気が発症する前
の夏希が美しく元気で溌剌としているだけに、余計九年後の姿が哀しく痛々しい。22歳で
自分の姿が老婆になってしまったら、人はどうするんだろう。たった一年歳をとるだけで
嫌だなぁと思っている自分には想像も出来ません。夏希はいつも‘これは悪い魔女がかけた
魔法で、いつか解けるものなんだ’と夢想している。それが叶わぬ夢だと知りながら。過去の
思い出の美しさと現実の残酷さの間でいつも不安定に揺れている夏希の心情が、痛い程切なく
胸に迫って来て苦しかったです。その都度変わる美少女沙耶への複雑な思いも、夏希の心の脆さ
や危うさを表していて、今後の展開がどうなるのか緊迫した思いで読みました。そして迎える
終息への驚愕の展開。夏希が人生に諦観して静かに生を終えるだけの話だったら、この作品は
単なる凡作に過ぎなかったかもしれません。でも、後半部分での夏希の決心と行動に愕然。途中
そこに至るであろう伏線があるので、何かはあるだろうとは思ってましたが、まさか夏希が
・・・。そしてその結末にも。ラストにかけてはほんと意外な展開の連続だったので、この
物語の行き着く先がどこなのか、全く見えませんでした。
そして、全ての真実を知った後の夏希がなんだかとても哀れに思えてならなかった。そう仕向けた
人の気持ちもわかるし、そうなのではないかという予測はついていたけれど・・・。夏希の必死の
願いを聞き届けてあげなかったのはやっぱり残酷だな、と思いました。

気になったのは、結局ヒロの夏希への真意がわからなかったこと。そして、最後の数ページでの
行動。私はあれが夏希の幸せに繋がるのかどうかわかりません。夏希の願いを聞き届けてあげた
方が良かったのではないか。そんな気がして仕方なかったです。いや、実際自分がその立場
だったら、ヒロと同じことをしてるとは思いますけれども。


それにしても、さすがミステリフロンティア。いい作家を選んで来ますね~。このシリーズには
ほとんどはずれがないので、割と安心して手に取っている所があります。もちろん、その中にも
好きではない作品もありますけど。創元推理らしい連作短編集が多い所も気に入っているところ。
本書も、決して後味が良いとは言えませんが、作者の技量を十分に発揮した読み応えのある作品
でした。北國さん、他の作品も読んでみたくなりました。