ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

土屋隆夫/「深夜の法廷」/光文社文庫刊

土屋隆夫さんの「深夜の法廷」。

中学三年の時、秋葉香江は担任の教師から‘竹久夢二の絵の中の少女のようだ’と
評されるような可憐な美少女だった。しかし、そのもろくてはかなそうな外見とは
裏腹に、どす黒く残酷で、やられたことはやり返すという性格が影に潜んでいた。
そして、二十九歳になった香江は市立中学の教師の妻となっていた。夫は冷酷な性格
であったが、それなりに平穏な暮らしを続けていた。しかし、ある日香江は夫の不倫現場
を目撃してしまう。自分に悪さをした者には仕返しをしなくてはならない――香江は
完全犯罪の計画を練り始めた。


え~、何故この本を読んだかと云うと、読みかけの本を職場に持って行くのを
忘れてしまったことが発端です。私は職場で時間が空くと大抵本を読んでいます。
忙しくて読めない時も多いのですが、今日は割と時間があったにも関わらず肝心の
本を忘れてしまって、手持ち無沙汰だったんです。で、急遽職場に何年も置きっぱなし
になっていた本から読む本を探すことに。置いてあったのは文庫が三冊。一冊が西村
京太郎氏、二冊が土屋隆夫氏。今更京太郎ちゃんのトラベルミステリを読んでもな~
と思い、土屋氏のどちらかを選ぶことに決定。一冊は本書、もう一冊は千草検事
シリーズ(初めて知りましたが)。まぁ、シリーズものよりは単発もの、しかも
中篇2作が入ってるこちらの方が読みやすかろう、ということでこちらを読むことに
しました。なので、何の予備知識もないままに適当に読み始めた本書でしたが・・・。

っていう前置きはさておいて、本書、なかなか面白く読んだのですが、いかんせん
十年以上前の作品のせいか、一昔前の真昼の情事的なエロティシズム満載。出だしの
香江の中学の時の挿話から何やら妖しい香りが立ち込めているし。土屋さんって、
こういう作風なんだろうか・・・とやや引き気味で読んでました(苦笑)。ただ、竹久夢二
の絵になぞらえた香江の描写などはなかなか読ませてくれました。この夢二の挿話がラスト
に生かされているあたりもなかなかニクイ。ストーリーは倒叙形式に近く、香江が完全犯罪を
いかに遂行するか、を丁寧に追って行き、思い通りに行ったと思ったらそこには大きな落とし穴
が・・・というミステリの王道を行くような展開。面白かったですが、私から見ると香江の
計画はかなり杜撰な所があるような・・・。ひっかかる場面がいくつもありました。時計の
トリックの辺りもそうだし、そもそも旦那を生かしておいたというのが解せなかったですね。

それにしても、本書に出てくる女性は強烈。男性が読んだらきっと「浮気なんてする
もんじゃない」と身につまされたりするのではないでしょうか。もちろん、香江の性格は
一番凶悪ですが、香江の親友の美紗も相当。香江はもともとの性格から来たものですが、
美紗の場合は金品が絡んでいるだけに、余計に人間の醜悪な部分が浮き出ているように
感じました。幼い頃からの親友なのに、こんな簡単に裏切ったり出来るんですかね。
怖い、怖い。

小品ながら、2作目の「半分になった男」の方が好みかも。事件関係者と新聞記者の
独白のみで構成され、淡々と事件の真相が語られて行く。珍しい手法ではないけれど、
心理的に犯人を追い詰めて行く感じがじわじわと伝わってくるのがいいです。

適当に手に取ってみた本書ですが、それなりに楽しめたので、もう一冊の土屋作品にも
手を出してみようかなぁという気持ちになりました。