ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

桂望実/「Run! Run! Run! 」/文藝春秋刊

桂望実さんの「Run! Run! Run!」。

岡崎優は、幼い頃からアスリートだった父の英才教育を受け、類い稀な才能にも恵まれた
天性のアスリートとしてS大学に入学した。陸上は個人競技。記録が伸びさえすれば、
仲間なんていらない、そう思って周りとの接触を避けて来た。しかし、兄の死によって
心を病んだ母がふと漏らした自らの出生の秘密――それを知った時、自らが積み上げて
来たものがもろく崩れ去って行った。そして、箱根駅伝への出場を辞退した優に命じ
られたのは、補欠出場の岩本のサポートだった。


桂さん二連発です。いや、たまたま同時に借りられたってだけの話なんですが^^;
箱根駅伝もの、と聞いていたので、爽やかな青少年たちが箱根を目指す青春小説なのかと
思って読んだのですが、いやいや、本書の主人公の性格の悪いこと、悪いこと。読めば
読む程、ほんっとに嫌な奴。世界の全てが自分中心に回っていて、友情とか恋愛なんて
必要ない。天才の自分を最高にお膳立てしてくれる環境さえ整ってれば後は何もいらない、
箱根駅伝なんかオリンピックに出る為の通過点に過ぎない、と言い切ってしまうという、
超オレ様・自己中な性格。よくもまぁ、こんな性格で世の中渡ってきたな、と思う位
読んでいてむかつく。こういう人周囲に一人でもいたら、ホント顰蹙買うだろうな~と思う。
ただ、優が育ってきた環境を考えると、こういう性格に育ってしまったことは仕方がないのかな、
と思います。特に母親に関しては酷すぎますね。正直、両親のしたことは完全に自分たちのエゴ
でしかない。子供たち本人の未来など全く考慮せず、ただ、自分たちの欲望を満たしてくれる
人形のような存在が欲しかっただけ。彼らの愛情はどこか酷くゆがんでいて、読んでいて気分が
悪くなりました。
それだけに、後半部分が余計に感動的に思えました。自らの出生の秘密と戦いつつ、口では
面倒だとか文句を言いながらも、ちゃんと岩本君のサポートをする優。ちょっとづつ、
ちょっとづつ彼の心が岩本君に開いていくところがとても良かった。無意識のうちに、
仲間の走りを応援してる優の成長ぶり、走る岩本君を追いかけて自転車を必死に漕ぐ姿
にこちらまで胸が締め付けられそうでした。

同時期に出た三浦しおんさんの話題作「風が強く吹いている」はまだ読んでいないのですが、
おそらくあちらに比べると同じ箱根駅伝を扱っていても、内容はずっと重いのではと思います。
ただ、同じ題材でもこういう角度から‘仲間の大事さ’とか、‘走ることの感動’を伝える
ことが出来るのだ、という作者の意気込みみたいなものは感じたし、十分青春小説として
通用する爽快感は味わえました。
ラストの両親の姿を見ると後味がいいとは言えませんが、結局彼らのしたことのツケが最後
に回って来たのだと考えると納得も出来る。真実が明らかになった後の優の決断は潔いし、
彼の未来の選択にはエールを送りたくなりました。

それにしても岩ちゃんのいい人っぷりが一番光った作品とも言えるかも。あと小松コーチも
いい味出してましたね。優はこの二人がいるS大に進学してホント良かったよな~と
思いました。

重いテーマの中にも一陣の爽やかな風を感じるような良作でした。
比較するためにも、早く三浦さんのも読まなければ!