桜庭一樹さんの「赤朽葉家の伝説」。
辺境の人に置き去りにされた幼子、赤朽葉万葉――私の祖母は、千里眼の子供であった。
十歳になったある夏、彼女は空飛ぶ隻眼の男を視た。この男はもっとずっと後になってから
実際空を飛ぶことになる。そんな不思議な力を持つ万葉は、望まれて製鉄業で財を成した
旧家の赤朽葉家に輿入れした。そこで産み落とした毛むくじゃらの赤子が私の母・毛鞠
だった。万葉とは正反対の性格で自由奔放に生きた毛鞠。そんな強烈な毛鞠から生まれて
来たのが、私という何の変哲もない娘だ。これは、終戦直後から高度経済成長を経て
現代に至るまで、山陰地方の旧家である赤朽葉家に生きる三代の女たちとその一族の記録
である。
なんなのだろう、この圧倒されるような小説は。正直、最後の瞳子の章を読んで初めて
「これはミステリだったのか!」と認識しました。いや、ミステリだと思って読んでたん
だけど、そこに至るまでの経緯は全くミステリではない。本当に女の一代記、の体裁なのです。
でも、この一代記がもう、とんでもなく奇妙で奇抜で面白い。常識を覆すような設定ばかりが
次々と飛び出し、予想を遥かに超える物語でした。
例えば万葉。千里眼の子供でエキゾチックな風貌をした彼女は同級生からいじめに遭う。
でも、なぜかそのいじめた本人とあるきっかけで仲良しになってしまう。そのきっかけが
とんでもない。
また、赤朽葉家に輿入れするきっかけも、赤朽葉家の大奥様・タツ本人に見初められたから。
このタツの人物造詣がまたとんでもない。いや、なんかすんごく可愛いおばあちゃんなんだ
けど。生まれた子供がまたとんでもない。それぞれの子供にタツが独断と偏見でつける名前
がこれまた変。泪に毛鞠に鞄に孤独(ちなみに当時の常用漢字でないため、届出は違う漢字)。
一体どんなネーミングセンスやねん!となぜか関西風突っ込みを入れたくなってしまった(苦笑)。
それぞれの人物造詣がとにかく変で不思議。特に毛鞠はすごい。常識はずれ極まれり。
美人なのに好きになる男は醜男ばかりだし当時中国地方を席巻したレディーズ暴走族の
ヘッドとして君臨した後、あっさり降りたと思ったら漫画家になって引きこもり。なんなのだ、
この女性は。けれども、万葉も毛鞠も憎めない不思議な魅力があって、ついつい彼女たちの物語に
引き込まれている自分がいました。彼女たちと供に、その時代その時代を生きていたような、
そんな感覚。特に毛鞠の時代は自分の生きてきた時代と重複している為、身近に感じられました。
それだけに、彼女の最期には驚きました。こんな終わりが似合う人ではない気がしたので。
高度経済成長を経てバブル期に差しかかり、そして現代社会へ――登場人物たちと一緒にその
時代のめまぐるしく変わる時代の移り変わりを感じ、それと供に廃れて行く赤朽葉家を支えていた
製鉄業の末路とその偉業に拘り続けたある男の悲哀に胸を打たれました。どこまでも職人であった
‘彼’の姿はたくさんの登場人物の中でも一番かっこいいと思いました。
ラストの瞳子の章は現代だけあり、一番桜庭さんらしさが出ているように感じました(といっても、
私、他に一作しか読んでないのですが^^;)。個性的な傑物であった祖母・母を持つにしては
地味で当たり前の生き方しか出来ない自分へのコンプレックス。仕事も長続きしない、やりたい
こともない、平凡な女の子。そういう自分への負い目を感じて控え目に生きている瞳子は、最も
共感が持てる、身近なキャラクターでした。でも、普通に生きている彼女が一番なんだかんだ
云って幸せなのではないかなぁと思いました。視たくもない辛い未来が視えてしまう万葉よりも、
売れっ子漫画家になって巨万の富を得たにも関わらず、赤朽葉製鉄再興の為、全国読者の為、
出版社の為だけに漫画を描き続けなければならなかった毛鞠よりもずっと。
ラストのミステリ部分についてはやや唐突な感じもするし真相も驚くものではなかったけれど、
瞳子が過去の赤朽葉家から出た死人について考察していくくだりは面白かったです。
中でも私が一番好きなのは、全篇を彩る‘赤’の描写。要所要所で出てくる赤く散る朽葉。
その赤の印象がとても鮮やかで美しくこの物語を彩っていました。こういうの大好き。
こういう女の一代記にあるような毒々しさとか生生しさが驚く程なく、あっけらかんとした
描写にのめり込んでしまいました。読ませる手腕は素晴らしいです。
文句なく面白かった。是非たくさんの人に読んで欲しい傑作だと思います。