ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

北村薫/「玻璃の天」/文藝春秋刊

北村薫さんの「玻璃の天」。

若くして経済界の鍵を握る時の人・末黒野貴明と行動を供にしていた、ぎょろりとした目の
奇妙な男に興味を持った英子。建築家だという彼が建てた末黒野邸に招かれた英子は、そこで
思いがけない事件に遭遇する。ステンドグラスの天井から思想家が墜落死したのだ。事故か
自殺か、それとも――事件の背後には英子のお抱え運転手・別宮の悲しい過去が隠されて
いた――(「玻璃の天」)。「街の灯」に続く、ベッキー&英子が活躍するシリーズ第二弾。
表題作他二編を収録。



昭和初期の不安な社会情勢とは裏腹に、上流階級の人々のどこか浮き世離れした上品さ
でゆったりとした独特の雰囲気のあるこのシリーズ。待望の第二弾です。良かったなぁ、
これも。北村さんの操る日本語は本当に美しい。繊細で情緒溢れる情景描写と、ゆったり
とした会話文の中に隠された鋭い人間の心理。どれを取っても一流の作家というのがわかる。
そして、北村作品を読むといつも、国語をもっときちんと学んでおけば良かった、と後悔
させられるのです(今更遅いけど)。

このシリーズの主人公・英子は、かなりの上流階級のご令嬢。普通だったら、周りから
ちやほやされて鼻持ちならない生意気で高飛車な性格になりそうですが、全く違います。
好奇心旺盛で、勝気だけれど物事の分別がくっきりとつけられる非常に全うな少女。
どんな物事にも真摯に向き合い、聡明な見解を導き出す。とても十五歳とは思えない
老獪さと、十五歳ならではの無邪気さを兼ね備えたとても魅力的なキャラクターです。
「幻の橋」での陸軍少尉・若月との会話がとても印象に残りました。英子はその時食べて
いた料理の値段を聞かされて、上流階級にいる自分とそれ以外の貧しい人々との差を思い
知らされる。そこで、英子は自分の立場を恥じ入ります。ここで‘自分はいい物が食べれる
立場にいれて良かった’と思うのではなく、それを知らずにいた自分に恥じ入ることが出来る
全うな真っ直ぐさが英子の素晴らしいところだと思いました。若月とはもしかしていい
雰囲気になったりするのかな~と期待していたのに、その後出てこなくてがっかり。でも
次作以降また登場しそうな気もしますが。

前作に比べてミステリ度もぐっと上がった気がします。二作目の「想夫恋」では英子の
素晴らしい暗号解読が味わえますし、表題作の「玻璃の天」ではまさに本格トリックを
扱っています。このシリーズの面白い所は、探偵役が十五歳の英子だという点です。
普通ならば聡明で博識なベッキーさんを探偵役に据えるところだと思うのですが、彼女は
飽くまでも解決に導くアドバイスを示唆する役目。彼女は徹底して英子を立てる陰の役割
に甘んじる。もちろん真相はベッキーさんにもわかっている。それでも、ベッキーさんは
決して出すぎず、英子の一歩後ろからそっと見守り、時にはそれとなく助言を与える。
そして、英子はきちんと自分で解決を導き出す。こういう役割分担で、ベッキーさんの聡明さ
がより際立っているように感じます。上手いなぁ、北村さんは。

戦争へと続くであろう不安定な社会情勢や、暗雲立ち込める政治背景が前作よりも
全面に出て来ていて、英子の周囲は不穏な空気が漂っている。それでも、しっかりと現実
を見据えて、自分の足で立っている英子の、背筋をぴんと張ったまっすぐな生き方が眩しい。
今回は全体的にベッキーさんの活躍が控えめだった気がします。ただ、最後に彼女の出自
の謎が明かされます。謎の部分が多いベッキーさん、やっぱりこんなに重いものを抱えて
いたのですね・・・。ベッキーさんを庇う英子が凛々しかった。この二人の関係は本当に
素敵だなぁ。

昭和初期のレトロな雰囲気と、ゆったりとした上流階級の上品な空気が漂う、北村さんならでは
の良質なミステリーです。北村作品の魅力を紹介するのは難しい。語彙力貧困ですいません。
とにかく読んで日本語の素晴らしさを感じて欲しい。お薦めです!