ミステリ読書録

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瀬尾まいこ/「天国はまだ遠く」/新潮社刊

瀬尾まいこさんの「天国はまだ遠く」。

もう終わりにしよう。仕事も私生活も何一つ上手くいかない千鶴は、旅行鞄にいるものだけ詰めて、
二度と戻るつもりのない部屋を出た。北に行く列車に乗り、終着駅でタクシーを拾って、
辿り着いたのは山奥の一軒の民宿だった。千鶴はそこで出会った主人の田村さんと山の生活を
続けるうちに、少しづつ失った何かを取り戻して行く――じんわりと心に染み入る癒しの物語。


読み逃していた瀬尾作品。今まで読んだ作品の中で、一番シンプルな話でした。何の事件も
起こらない、ただ都会育ちの女性が田舎の暮らしを初体験して、いろんなことに気付いて行く
という。だからそれで?と言いたくなるような話なんだけど、結構好きでした。じんわりと
気持ちが温かくなるような良さがありました。
正直、主人公は本気で死ぬつもりがあったのか?と疑問でした。自殺の仕方があまりにも甘い。
そして一度失敗したらそれで気分が晴れてしまうなんて、やっぱり本当に死ぬつもりがあったとは
思えなかった。自分というものがあまりなくて、周囲に流されやすい。瀬尾さんらしい主人公
の性格だなぁと思いました。でも千鶴の順応力は嫌いじゃなかったです。珍しく。田村さんと
山の生活を体験しながらいろんなことを吸収して行って、それでも最後は流されることなく自分の
決めた結末を選んだ。ちゃんと前を向いて生きようとする姿勢が清清しく気持ちが良かったです。

この作品にはほとんど千鶴と田村さんの二人しか登場人物が出てきません。途中一瞬千鶴の
彼氏が出てくるけれど、大した印象も残さずあっさり帰ってしまったし。この彼氏も良く
わからない性格でしたね。私だったら絶対好きにならないタイプだなぁ(まただよ)。

という訳で、もちろん今回のツボキャラは田村さんです。この朴訥な優しさ。いいじゃない
ですかー。ラストでの千鶴とのやりとりもいいです。荷物にさりげなく民宿のマッチを入れる
遠まわしな(わかりづらい^^;)アピールの仕方も好きだなぁ。だからこういう飄々とした
人物に弱いんですってば、私。

できたら二人にはまた再会して欲しいけど、なんとなく千鶴はもう二度と田村さんに会いに
行かない気がする。彼女が自分のいるべき場所に気付いてしまったから。現実に戻ったら、
山での生活のことは少しづつ忘れてしまうのではないでしょうか。新しく出会う誰かに、
大切な思い出話として語るエピソードの一つになるんだろうな。
田村さんは逆に、山奥で一人千鶴のことを想って過ごすのだろうけど(切ない)。

物語として派手さはないけど、じんわりと心に残る良作でした。瀬尾さんらしい一冊です。