ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

佐藤多佳子/「神様がくれた指」/新潮社刊

佐藤多佳子さんの「神様がくれた指」。

辻牧夫はプロのスリ。一年二ヶ月の服役を終えて出所した日、あろうことか若者のスリグループ
接触し、利き腕に怪我を負わされてしまう。そこに通りがかった女装の占い師・マルチェラ
こと昼間薫に助けられる。訳ありの牧夫の身を察し、昼間は牧夫に同居の話を持ちかける。
牧夫は、昼間との奇妙な同居生活を始めながら、自分に怪我を負わせたスリグループを追い始める。
一方、占い師・マルチェラの元に友人と連れ立ってやってきた陰気な一人の少女。実はその少女こそ、
牧夫が追っているスリグループの仲間の一人だったのだ・・・。


佐藤さんがこんな話を書くとは。スリの話とは聞いていましたが、想像以上にハードな内容
でびっくり。スリシーンの細密な描写、マルチェラの占いの巧みな解釈、主役二人の微妙な感情を
交えた友情関係・・・どのシーンでも、佐藤さんの文章力で非常に読ませてくれました。
上下二段組、400ページ近くの大作ですが、全く退屈することなく読み終えました。

ただ、やはりスリは犯罪です。牧夫は確かにスリとは思えない位まっすぐな性格で、好感の
もてるキャラ。でも、やっぱり牧夫がスリをする先には‘被害者’がいる。お財布をすられた
後のその人の悲劇を考えると、好意を感じてばかりはいられませんでした。盗むということは
単なるエゴでしかない。お金が有り余ってる人から盗るという訳ではなく、牧夫の標的は
あくまで‘スリやすい人’。無防備だとか、電車の乗り位置だとか。もしかしたら、そういう
人の中にはなけなしのお金だったかもしれない。それを自分の身勝手な理由で盗むというのは
やはり許しがたい行為です。だって、自分だったら絶対嫌だし。一番許せなかったのは、新幹線
の中で会った老婦人の鞄を盗むシーン。孫からもらった大切な‘お弁当’までも奪い取った
牧夫にとても嫌悪を感じました。本人もそれで嫌な思いをしていたのがせめてもの救いだけれど。
あの状況で財布以外は返せというのは無理なんだろうけど、牧夫にはそうして欲しかった。

昼間と牧夫の関係はとても良かったです。昼間のキャラはなんだか一貫してなくて最初ちょっと
戸惑った部分もありましたが。あんなに人に気を遣えて他人を思いやれる優しい人が、ギャンブル
で借金を作る、というのがどうにも似つかわしくない。占い師としての地位だって確立されてて
(芸能人も来るし、雑誌で連載までしてるし)、家賃滞納するってのも変な感じ。ダメな人間
を強調させたかったのかもしれないけど、人物像がどうにも掴み辛かった。しかも後半は最初の
ダメ人間っぷりが全く払拭されて、ただただ‘いい人’になってましたし(苦笑)。まぁでも、
いい人の昼間のキャラはとても好きですね。二人がお互いに少しづつ‘友情’を感じるように
なって行く経緯がとても良かった。ラストシーンが最高。牧夫の右手はこっちの使い方の方が
いいと思う。でもきっとスリからは一生抜けられないんだろうな。




以下、作品のラストに触れてます。未読の方はご注意ください。





が、しかし。私、この作品には苦言を呈したい。何故ハルの存在を野放しにしたままにしたのか。
あそこまで悪いことをして、何故彼だけが逃げ延びることを良しとしたのか。こういう
終わり方は納得できない。佐藤さんだったらもっと勧善懲悪の世界を描くと思っていた
だけに、あのラストにはがっかりです。他の仲間はともかく、ハルにだけは天罰を下して欲し
かった。牧夫もあれだけ酷いことをされたのに、なぜか最後には彼のスリの才能を認めて
見逃すようなことしちゃってるし。なんでだ!?全然腑に落ちない。死にそうな目に遭った人が
あれだけいるのに、なんで彼の存在を認められるんだろう。私だったら絶対許せない。
その心情だけは理解できないままでした。これはスリ仲間じゃないと理解できない感情
なんだろうか。なんだか、ハルの部分だけが非常に後味が悪い終わり方で好きじゃなかったです。



なんだか釈然としない感情のまま、ラストシーンだけがやけに爽やかで、一体この作品、
自分は好きなのか嫌いなのかよくわからなくなってしまった。
リーダビリティはあるけど、他の佐藤作品のような爽快感は感じられなかったなぁ。
‘軽’がつくとはいえ、やはり犯罪を描いているのだから仕方ないかもしれないけど。
レビューもわけわからなくて、すいません^^;