ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

貫井徳郎/「夜想」/文藝春秋刊

貫井徳郎さんの「夜想」。

妻と子を不幸な事故で亡くし、絶望の淵に立たされた雪籐直義。仕事も手につかず、
周囲から見放されたように感じ、生きる気力を失いかけていた。そんな時、一人の不思議な
能力を持った少女・遥と出会う。遥は雪籐の為に涙を流した。雪籐が落とした定期を拾った
拍子に、雪籐の身の上が見えたというのだ。遥との出会いが、雪籐の運命を次第に大きく変えて
行く。雪籐は、遥は、絶望の夜の中から抜け出すことが出来るのか――新興宗教をテーマに、
魂の絶望と救済を描いた渾身作。


出だしは、どうも物語の展開が安易な方、安易は方に行っている気がして、あまり入り
こめない作品でした。でも、中盤から、この作品はある一つの新興宗教の生成過程を描いている
のだとわかり、納得。こうやって既存の宗教団体は出来て行くのか。作った本人たちは宗教とは違う
と言い張っていても、明らかにここで出てくる団体のやっていることは宗教と変わらない。
読んでいて、そら怖ろしいものを感じました。不思議な能力を持った遥は、自らの意志とは関係なく、
周りの人々からの後押しで、知らず知らずのうちに‘教祖’に祀りあげられて行く。確かに本人
に「人を救いたい」という思いがあるとは云え、平凡だった一人の女性が一つの宗教団体の
教祖にされて行く様は読んでいて、何かぞっとしました。既存の新興宗教と違う所は、遥の
能力が本物であり、本当に人を救いたいと願っているところなのですが・・・でもやっぱり
これは読んでて胡散臭い新興宗教以外の何者でもないな、と思いました。物語は、こうした
一つの宗教団体の成立を描くのとは別に、失踪した娘を探す主婦の視点が出て来ます。この
主婦がまた、えらい、怖い。思い込みの激しい人間の行動原理というのは、本当に理解不能
です。彼女が遥たちの作った団体<コフリット>とどう関係してくるのか、は実のところ
ほとんど先が見えてしまっていたのだけれど、やはり、終盤は読んでいてぞぞーっとしましたね。
こんな悪魔のようなおばさんとは絶対関わりになりたくないです。遥の運の悪さが可哀想に
なりました。

宗教ものというのはあまり好きな題材ではないのですが、貫井さんはやはり読ませてくれますね。
ご本人も「慟哭」の主題に改めて挑んだ、とおっしゃる位の意欲作だそうです。私は宗教を題材に
したものというと、氏の作品では「神のふたつの貌」が真っ先に浮かぶのですが。あれの仕掛け
には本当にびっくりしたので、そういう意味では、本書は意外性と言う点では少なかったかな、
というのが正直な所。クライマックスも、もう少し何かあると思ってたんですが、結局
予定調和的なラストだったような。ミステリ的要素ももちろんあるにはあるんですが、貫井
さんにはもっともっと大きなどんでん返し、みたいなものを書いて欲しい。本書はミステリ
というよりは、魂の救済をテーマに読ませる文芸作として読む作品なんでしょうね。
ラストで救われるのは、遥なのか、雪籐なのか。後味は悪くなかったです。宗教もの、と思って
しり込みせずに、是非読んでみて欲しい作品です。リーダビリティは保証します。