松尾由美さんの「九月の恋と出会うまで」。
2004年の夏。写真が趣味の北村志織は、隣人とのトラブルから引越しを決意し、新たな
新居先を探すはめに。三件の物件から入居を断られた志織が最後に不動産屋に紹介されたのが
入居者にある条件がついているマンション「アビタシオン・ゴドー」だった。オーナーの面接を
パスし、無事入居を果たした志織だったが、ある日部屋のエアコンのために空いている穴から声が
聞こえて来た。その声は、一年後の未来から話しかけているA号室の平野だと言う。未来の
平野は、志織に奇妙なお願いごとをする。戸惑いながらもその願い事を引き受ける志織だったが
――時空を超えたSFラブファンタジー。
SFを絡めたちょっと変わったラブ・ストーリー。一年後の未来から話しかけてくる男性の
正体とは一体誰なのか。変わった頼みごとの真意とは?多少ミステリ風味もあり、この先
どうなるんだろうという見えない展開に、ぐいぐいと引きこまれました。ただ、この手の
SFものの定石とも云えるタイムパラドックスの説明に頭がついて行けず、多少混乱した
部分も。理系の人なら理解できるのかもしれませんが・・・一年後の未来と志織の部屋
が繋がった理由説明も、何が何だか。こういうことを考えられる人ってやっぱり頭が良い人
なんだろうなぁと思う。まぁ、あんまり深く考えない方が楽しめるんでしょうね。ラスト
は無理矢理整合性を合わせた感が無いこともない。SFとして考えるとやや説得力不足の
ような気もしますが、一年後の未来の声である「シラノ」の正体ににやり。「シラノ・
ド・ベルジュラック」を引き合いに出す辺り、作者の粋な小技が効いている。顔と声、本当に
自分が好きなのはどちらなのか。なかなか読ませてくれました。
ただ、肝心のヒロイン志織と、「シラノ」の正体を探る手伝いをしてくれることになる現在の
「平野」、どちらもいまひとつ魅力に欠けるように感じました。エアコンを取り付けたことを
咎められたからって、女の子の部屋に怒鳴り込んで来るっていうのがそもそもどうなんだろうと
思う。そりゃ、謂れのないことで文句言われれば腹も立つでしょうけど、普通は変な子だなぁと
受け流すんじゃないかなぁ。志織が尾行していたことがわかった後のねちねちした嫌味っぽい
言葉にもムカムカ。理屈っぽいとこもいかにも理系な感じ。まぁ、二人が親しくなるにつれて
そういう態度も軟化して行きましたけど。多分私が志織の立場だったら平野を好きにはならない
だろうなぁ。
志織の行動にも所々ひっかかるところがあり、あまり好感が持てる性格ではなかったです。
だから、ラストは爽やかな終わり方なんだけれど、なんとなく腑に落ちないような気持ちも
ありました。いや、単にひがんでるだけかもしれませんけどね・・・。でも志織はあの人物から
逃げ出したのに、こんなに上手く行くなんて~とか思ったりして。やっぱりひがみか。でも
このカップルには祝福の気持ちが湧かないのだなぁ。う~む、ひねくれてるかぁ、やっぱり。
多分この微妙にSFを絡ませるところが松尾さんらしいのでしょうね(私は松尾さんのSFものを
読んだことがないけれど)。いろいろ文句言いましたが、読みやすく先の読めない展開に引き
こまれ一気読みでした。面白かった。でもやっぱり私はアーチーシリーズとか「ハートブレイク・
レストラン」みたいなほんわかしたミステリの方が好きなんだよなぁ。