ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

梨木香歩/「家守綺譚」/新潮社刊

梨木香歩さんの「家守綺譚」。

学生時代に亡くなった親友の高堂の父から、家の守を頼まれた作家の綿貫。庭にはさまざまな
植物が栄耀栄華を極めている。四季折々、そこには様々な生物たちがやってくる。時には鬼や
人魚や河童までも。そして、床の間の掛け軸からはボートを漕いでかつての親友が会いに
やって来るのだ――。作家綿貫と四季折々の植物と生き物たちの日常を綴った連作集。


巷で大評判の本書。梨木さんは読んだことがなく、なんとなく手が出しそびれていたの
だけれど、ここまで評判というならばどれ、一つ読んでやろうじゃないの!と手を出して
みた次第(何故上から目線^^;)。
天邪鬼な人間なので、良い良いといわれるとなんとなくアラを探したくなってしまう困った性格。
本書もどうかなぁなどと思ったのだけれど。



・・・困った。これは、好きな世界すぎる。けなす場所がないじゃないの!
まぁね、装丁からして好きそうな雰囲気は漂っていたのだけれど。



なんて、美しい世界なんだろう。個人の庭という閉じられた空間の中で、たくさんの植物たちと
いろんな生きモノたちが現れては消えて行く。不可思議なのに、どこか懐かしくて優しい。
四季折々の植物たちの描写がとても美しく、庭にやってくる生き物たちは可愛らしくてほのぼの。
気がついたら、この世界観にどっぷりと浸かりこんで、あっという間に読了してしまいました。
しまった、もっとゆっくりじっくり時間をかけて読む本だったかも、と後悔したけれど、
今更もう遅い。ああもっと、もっと、とページをめくる自分がいたのでした。一遍一遍がとても
短いけれど、どの作品も凝縮された味わいがあって素敵。

キャラクターがまたとても良い。主人公綿貫のとぼけたキャラも良いし、犬のゴローは不思議な
力を持っていそうだけどどこまでも愛くるしいし、隣のおかみさんは千里眼でも持っているような
聡明さを持ちつつ、可愛らしい仕草で癒してくれるし。お寺の住職さんもいい味出してるし。
そして何より高堂!突如現れては不思議を残して去って行くこの奇妙なキャラクターがとても
好きになってしまった。主人公にいちいち突っ込みを入れるところも笑えます。高堂と綿貫の
会話はとても好きだな。

装丁も好きだけれど、文章がまた良いですねぇ。日本語の美しさを存分に味わわせてくれる。
ファンタジックな設定なのに、そういう感じがしない。明治の時代には、本当に庭に子鬼とか
河童とか天女とかが存在したんじゃないかなんて、そんな風に感じられるごく自然な描写。
不可思議な存在がすんなりと溶け込んでしまう。こんな家に住んでいたら毎日退屈しないだろう
なぁ。脱皮する河童なんて読んでてぷぷぷって吹き出したくなってしまうけど、想像すると案外
グロテスク。でも女の子の河童だからカワイイし、皮を被りなおしてる姿を想像するとやっぱり
笑ってしまう。

この本の魅力を文にするのは難しいな。好きな人多いし。私が語らなくても、いっぱい
語っている人がいるからいいか。とにかくこういう世界は大好きなのです。
日本の四季折々の植物の美しさ、情緒溢れる風流さ、古きから伝わる不可思議な伝説の生き物
たちの愛らしさ。美しい幻想の世界を堪能しました。


この本を‘特別’だと思っている人の気持ちがわかりました。
うん。手元に置いておきたい一冊。ふとした時に読み返したくなるような。
私にとっても特別な本になりそうです。

それにしても、今後舟に乗った人が描かれた掛け軸を見たら、間違いなく高堂を思い出す
な・・・高堂が静々とボートを漕いで飄々と掛け軸から抜け出してくる幻想を見るかも・・・。