ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

太田忠司/「落下する花 ―月読― 」/文藝春秋刊

太田忠司さんの「落下する花 ―月読― 」。

人が死ぬと現れるという月導(つきしるべ)。死者の死ぬ瞬間の想いが何らかの形でその場に
残されるのだ。その想いを読み取ることが出来るの一握りの人物、月読(つくよみ)。祖父の
月導が現れる瞬間に立ち会った友喜は、その日から月導のことが気になり始めた。大学で月導
の研究をしている教授の研究室に入ろうとしていた矢先、思いを寄せていた女性が飛び降り自殺
をしてしまう。女性が残した月導は、「わたしが卓斗を殺した」という衝撃的なものだった。
彼女は本当に人を殺したのだろうか――全身黒ずくめの月読・朔夜一心が活躍する連作ミステリ。


前作(「月読」)を読んでから相当時間が経ってしまっていたので、正直前の話をほとんど忘れて
いて、やばいなぁと思いながら読み始めたのですが、あまり問題はなかったです。月読自体の基本
設定さえ忘れてしまっていて、「そういえばこんな話だったっけ~」と読んでいて思い出した
という^^;朔夜のことも全然覚えていなくて、結構いい味出してるキャラなのになんでだろうと
自分の記憶力のなさにげんなりしました・・・。

人が死ぬと現れる奇蹟、月導。それが当たり前のこととして認識されている世界という、
パラレルワールド的な作品。時代設定は少し前の日本になるようです(レコード全盛という
時代設定の話があるので)。
人の思いが何らかの形として遺されるという設定がいい。その人が‘生きていた証’がその人の
思いと供にずっと消えずに残るのです。月導はあくまでその人が「死の直前に考えていたこと」
が形として残るものなので、とてもささいなことである場合もある。例えば本文にもあるように
「烏賊そうめんが食べたい」というような。それは必ずしも人に読み取って欲しい思いではない
かもしれない。それでも、残された者にとっては、故人が死ぬ間際に何を思って死んでいったのか
知る重要な手がかりになる。それを知ることで辛い思いをする場合もあるけれど、残された者が
故人の「死」と向き合う要素ともなり得るのです。それぞれに派手な話ではないけれど、少し
物悲しい結末がじんわり胸に沁みる作品集でした。

朔夜は月読である以上、仕事をする時は必ず誰かの死に直面しなければならない。人がうらやむ
ような仕事ではないと思います。それでも、月読の才能を持った人間は、月読になるしかない。
これは宿命のようなものです。月導のことも、月読のことも、この世界では科学的に立証も
されてなければ、研究している人もあまりいない。ただ、「その現象がある」という認識の
元で容認されているだけ。おそらく朔夜本人も自分が何者なのかはわかっていないのでは
ないでしょうか。不思議な存在です。朔夜自身もかなり飄々としていて独特のキャラ。普段は
クールだけど、実は人が良くて何気に照れ屋なとこがいいですね。彼はどんな人に対しても
物静かで優しく、嘘を吐かない。得体の知れない風体なのに、依頼人がみんな彼を信頼するのは
そういう真摯な人柄ゆえなのでしょう。

私が死んだら、一体どんな月導が現れるのだろう。一体どんな思いで死んで逝くのか。
できれば、見る人が心癒される奇蹟が現れて欲しいな。間違っても、般若の顔で見た人を
恐怖に陥れるのだけはしないようにしたい(苦笑)。

幻想的な設定がとても魅力的。太田さんには珍しい作風だけど、いい作品です。短編集なので、
前作よりも読みやすく入りやすいかもしれません。