ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

本のタイトルリレー From しろねこさん

楽家協会主催の<本のタイトルリレー>

光栄なことに、本楽大学校長のしろねこさんより、次のご指名を頂きました。
協会員ではないのですが、ずうずうしくも参加させて頂くことに。

ルールは、『お題として受け取った本のタイトルの一部(単語、品詞か)、あるいは全部を
含んだ別の本を次の人が紹介する』というものだそうです。

しろねこさんからのお題は、ジェラルド・ダレル『鳥とけものと親類達』

タイトルも作者も初めて聞きました^^;;

という訳でこの中の「鳥」「けもの(獣)」「親類」「たち」が入った本を紹介すれば
良いというもの。


私が選んだのは、


奥泉光さんの『鳥類学者のファンタジア』です。


奥泉さんは以前から気になっていた作家さんではあったのですが、なんとなくページを
めくってみるとかなり読むのに気合が要りそうで、そっと本棚に返すというパターンで、
実際読んだことはありませんでした。この先も読むことはないだろうなぁとは思って
いたのですが、このブログを始めてある方におススメされて以来、いつか読んでみよう
と決めていた作家でもありました。そんな奥泉さんの中でも一番気になっていたタイトルが本書。
鳥類学者?鳥がいっぱい出て来るのかな?でもファンタジーなのかな?と、全く内容の
予想がつかず、でも印象に残るタイトル。お題の「鳥」と「親類」の中の「類」が
入っているし、丁度よいではないか!と即決。


まず借りてみてびっくりしたのはその分厚さ。一言メッセージでも書きましたが、
文庫本にして746ページ。文庫なのに重いー^^;これは今読んでるプルースト8巻と
同じ位じゃないか!と思いながら読み始めてびっくりしたのは、そのプルーストとの
類似点。分厚いだけじゃない。文体やらテーマやらがかなり「失われた時を求めて」と
共通している。もちろん大筋は全く違うのですが、読めば読む程「これは和製プルースト
だなぁ」と感じる思いが強くなりました。


ちなみにあらすじを簡潔に書くと、ジャズピアニストのフォギーこと池永希梨子が
謎の音階に導かれて1944年のナチス支配化のドイツにタイムスリップし、希梨子の
祖母であるピアニストの霧子と出会い、音楽の神秘を巡るたくさんの冒険を体験する
一大スペクタクルファンタジー巨編です。

こんな風に書くと何が何やらですが、これがもう、とにかく魅力に満ちた素晴らしい作品
なのです。私がこんなとこで拙い記事を書いてもこの作品の魅力が伝わるのか疑問です。

話が逸れましたが、先に述べたプルーストとの共通点。まず、読点を多用し、一文節が
やたらに長い文章。読んでいると、「あれ、主語は何だったっけ?まぁ、いいか」という
煙に巻かれた気持ちになり、語り手のフォギー(希梨子)の楽しい話術にはまってしまう。
それに、フォギーがタイムスリップするきっかけとなった12音律。音楽というのは12
の音の組み合わせから成るという12音への拘り。プルーストの文章でも、詩などで
使用されるアレクサンドランという12音綴の手法が小説の中に多用されていて、同じ
様に12の音への拘りが感じられるという点。そして何より「記憶」の捉え方。これは本文
中いくつも見られたのだけれど、例えば「ひとつの記憶と記憶の間には無数の(忘れられた)
記憶がはさまっている」という考え方。それに、希梨子がタイムスリップする直前に体験
した、土蔵の中に入った瞬間に頭の中に訪れる記憶の奔流。そういった数々の「記憶」に
関する描写はまさにプルーストを読んでいるような気分になりました。それにつけ加える
とすれば、「音楽」。「失われて~」ではヴァントゥイユ(音楽家)のソナタが非常に
効果的に作中に登場するのだけれど、本書でも同じ様にギュンター・シュルツ氏の「ソナタ
が要所要所で演奏される。このソナタはフィボナッチ音律(あのフィボナッチ数列を音階
に表したもの)で作られていて、この曲が弾かれる時にある現象が起きる、という特別な曲。
音楽はこの小説の一番大きなテーマなので、登場する曲は他にもたくさんあるのだけど
(筆頭は「Foggy's Mood」やシューマンの「詩人の恋」)、やはりこの曲の使われ方は
印象深いですね。

フォギーはジャズピアニストなので、どちらかというと作品全体はジャズの印象が強い。
この作品は、フォギーがたくさんの冒険を通して、世界の秘密を握る「音階(音楽)」を探求
してゆく物語。彼女はタイムスリップしたことをちっとも不思議に思っていない。それが自分
の中の「必然」だったとわかっているから。普通なら首をかしげてしまう所なのですが、
フォギーの性格や作者の筆致に慣れてくるとこれが自然と受け入れられてしまう。ファンタジー
にしても唐突だと思われる描写がいくつもあるのに、全然不自然だと思わない所が不思議でした。
フォギーと一緒に書物の中へ「旅」をしている気分になれました。終盤、彼女が「旅の終わり」
を意識するところはなんだかとても寂しい気分になりました。私もフォギーと一緒に彼女の
旅を続けて来て、時には大変な目にも遭ったりしたけど、やっぱり音楽と供に経験する
たくさんの冒険は楽しかったから。旅の終わりは誰でも寂しい気持ちになりますよね?

最後のオプショナルは、きっとジャズ好きな人にはたまらないのでしょうね。ジャズ界の
巨匠と言われる人々とセッションするシーンがとても良かったです。ちなみに、タイトルの
「鳥類学者」とは、チャーリー・パーカーの有名曲「Ornithology(鳥類学)」から来て
いるのだそう。別に鳥類学の教授が出てくる訳ではなかったです^^;鳥よりもむしろ猫が
いっぱい出てきます(笑)。

とにかく大作なので、印象に残ったシーンをあげていたらキリがない^^;フォギーや
フォギーの自称「弟子」である佐知子ちゃんに関しては楽しいエピソードがわんさと
あるのですが^^;とにかく面白いキャラクターたちで、彼女たちの会話や行動だけでも
十分楽しめました。


作者がこの作品を、「自分の作品の中で最も幸福感に溢れた作品」とコメントしていらっしゃる
のを見たのですが、全くその通りだと思います。読了後は終わってしまった寂しさと爽やかな
幸福感で満たされました。本当に素晴らしい作品に出会えた満足感でいっぱいです。

音楽好き、とりわけジャズがお好きな方には是非お薦めしたい一冊です。とても長いけれど、
きっと楽しんでもらえると思う。



私のような人間を指名して下さったしろねこさんに感謝です。
そして次の方ですが・・・できればこの本を読むきっかけになったもう一人の恩人に
引き継いで頂きたいなぁと考えています。ゲストブックにお邪魔しますね。