ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

倉知淳/「過ぎ行く風はみどり色」/東京創元社刊

倉知淳さんの「過ぎ行く風はみどり色」。

一代で財をなし、仕事一筋で家庭を顧みずに過ごして来た方城兵馬は、引退した今、亡くなった
妻にしてきた非道な仕打ちを悔いていた。妻に謝罪したいと願う兵馬の元に長男の直嗣が連れて
来たのは、霊媒師の穴山慈雲斎だった。慈雲斎は、降霊会で兵馬の妻の霊を呼び寄せるというのだ。
しかし、一方では慈雲斎のことをインチキだと主張する大学の研究者が方城家を出入りしていた。
そんな中、密室状況の中で兵馬が撲殺される。兵馬亡き後に行われた降霊会で、第二の殺人が――
兵馬の孫・成一は、大学時代の不可思議な先輩・猫丸に事件のことを話す。猫丸先輩が不可能犯罪
に挑む傑作長編推理小説


唯一読み逃していた猫丸先輩シリーズ。実は本書が猫丸先輩ものだと長年知らずにいました。
他の方のブログの読了記事を読んで、ようやくそれに気付いたという。だって、副題に猫丸の
字がないし、題名も猫丸先輩っぽくないし。で、読みたい!と思った時には図書館で見つからず。
なかなか巡り会えずにいましたが、先日やっと手にすることが出来ました。

今まで猫丸シリーズは短編形式が似合うと思っていましたが、本書で考えを改めました。猫丸
先輩の出番は正直少ないですが、ラストの謎解き部分での存在感は抜群。突如現れた奇妙な
青年に面食らう一堂をあっという間に黙らせてしまう謎解きの説得力に惹き込まれました。
いつもおちゃらけてる猫丸先輩とは違い、とてもカッコ良かった!ここまで‘本格’を意識した
作品だとは思わなかったので、ちりばめられた伏線にはほとんど気付かなかったですが^^;
細かい伏線の回収の仕方が見事。そして、兵馬殺害の密室についてのある盲点に関しては
完全に「ヤラレタ!!!」でした。あー、そうきたかー。そこかー。としばらく悔しみつつ、
嬉しくなりました。こういう騙され方がミステリの醍醐味なんだー。

第三の殺人の真相はとてもとても切ない。それでも、最大の配慮をしながら謎解きをする
猫丸先輩にまたしてもしびれました。いつも飄々として、気まぐれで、得体の知れない先輩
だけど、本当はとても優しくて温かい人だというのが伺える。猫丸先輩の目の前で起きて
しまったこの殺人を、一番食い止めたかったのも先輩だと思う。自分だけが真相に気付いて
いたのだから。だから謎解きをあくまでも‘雑談’などと言い張って、警察を煙に巻く。
でもそうした猫丸先輩の思いが、警察官にほんの少しでも伝わったように感じられたことが
嬉しかった。

あとがきで我孫子さんが述べているように、この作品には純然たる‘悪人’といのが出て来ない。
殺人は確かに三件起こるし、第一・第二の殺人に関しては犯人に同情の余地なんかありません。
でも、霊媒師の慈雲斎なんか、いかにも怪しい人物という感じなのに、素顔には人の好さが伺える
とか、その怪しげな人物を連れて来た長男の直嗣の真意にも心が温かくなったりと、裏がありそうな
所に意外な温かみを感じさせてくれるところがとても良かった。全体に流れる優しい空気が
読後の爽やかさにも繋がっていたように思います。

実は左枝子の恋愛部分は最後を読むまではあまり共感できなくて、彼女が盲目的に神代を好き
になってしまうことに違和感を覚えていました。いくら障害があってあまり外に出られない
からといって、純粋すぎる気がするし、周りの人にも守られ過ぎているし。神代は超現実主義
人間だし、こんな純粋な心は理解できないだろうからこの恋愛は上手くいかないだろうと
思っていたのですが・・・まさかああ来るとは。素敵すぎるじゃないか、倉知さんたら。
事件の真相以外にもやられたなぁ、という感じ。

読んだ方がこの作品を「好き」と言うのも納得。もともと猫丸シリーズはどれも大好きだけれど、
この作品の落とし方はいつものシリーズとはまた一味違ってとても良かったです。なんだかんだで
猫丸先輩って、かなりのお人好しですよね。結局困ってる人を見捨てられない。恐竜発掘に
一喜一憂してる子供っぽいところも好きですけれどね。

こんないい作品を読み逃していたとは。全く、思い込みってのはよくないですね。
倉知さんは結構読み逃しがあるので、拾っていかねば。次はいい加減「壺中の天国」を
読まないとなぁ。