ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

愛川晶/「道具屋殺人事件─神田紅梅亭寄席物帳」原書房刊

愛川晶さんの「道具屋殺人事件─神田紅梅亭寄席物帳」。

玄人好みの渋い芸風で珍しい噺を手がけていた花山亭小気楽師匠が神田の寄席の楽屋で倒れ、
救急車で運ばれた。診断の結果、脳血栓だった。翌週、前座が「道具屋」を演じている最中、
抜けるはずのない扇子の骨が抜け、ナイフが現れた。しかも、刃先には血のりがべったりと
ついていた。その扇子は、倒れた小気楽師匠が特別に注文して作らせていた品物だった。
警察の捜査で、神奈川県で起きていた殺人事件の被害者の傷口と血液型が一致。殺された
のは、小気楽師匠の二度目の妻を寝取った男だった。騒動に巻き込まれた二つ目の寿笑亭
福の助と妻の亮子は、福の助の最初の師匠・山桜亭馬春の知恵を借りて真相究明に乗り出す
(「道具屋殺人事件」)――本格落語ミステリー。


巷であまり読んでる人を見かけない愛川さん。実は美少女探偵・根津愛シリーズが好きで、
秘かに追いかけている作家の一人(でも裏シリーズは一作で挫折しましたが^^;)。
今回は著者初の落語のミステリということで、ほくほくしながら手に取りました。

落語とミステリというのは、かねてから非常に相性の良い関係だなぁと思っていましたが、
本書もその例に漏れず。面白かった。落語ミステリというと、最近では田中啓文さんの
笑酔亭梅寿シリーズがヒットしましたし、もともとは北村薫さんの円紫師匠と私シリーズが
有名です。個人的には大倉崇裕さんの季刊落語シリーズも捨てがたい。本書は、そうした先の
シリーズに肩を並べても遜色ない出来だと思いました。先行作品と違うのは、落語を演じることが
そのまま謎解きになっているというところ。今までの作品は、落語はあくまでも舞台背景
の一つで、謎解きのヒントに落語が出てくることはあっても、本書のように落語を演じながら
謎を解くという形式の作品はなかったように思います。
本書の純粋な主人公は語り手である福の助の妻・亮子だと思いますが、彼女はあくまでもワトソン
役として福の助を支える存在。また、本当の意味での‘名探偵’は、脳血栓を患った為に人前では
口が利けなくなってしまった師・馬春。ただ、師匠の意図するヒントを正確に読み取り、自らの落語
をアレンジし、その答えを見事に落語で演出する福の助も立派な探偵役であり噺家だと思いました。
ただ、この福の助のキャラがいまひとつ薄い印象なのが残念。穏やかなのかと思ったら、すぐに
妻を叱り飛ばすし、なんだか性格の印象が一定しない。落語を演じている所はなかなか素敵でした
が、本人自体がどうかというと、あまり好印象ではなかったです。

逆に馬春師匠のキャラはとてもいい。出番も少なく、筆談でしか会話をしないけれど、かなり
存在感のある人物。謎解きを面白がる稚気のあるところや、何気なく弟子の様子を気にして
探りを入れたりして、懐の大きさを感じるところが好きでした。田中さんの梅寿と比べると、
「師匠らしい師匠」という感じ。まぁ、梅寿は梅寿で、ああいう人間だからこそ好きなのです
けれどね(苦笑)。

ミステリとしてはさほど感心するという程のものはないけれど、謎解きと落語が綺麗に収まって
いて、なかなか楽しめました。落語の薀蓄もうるさい程ではないけど、知らない人間には「へぇ~」
と思うことも多く勉強になりました。

落語って、面白い笑い話ばかりなのかと思っていたら、陰気な話やら吝嗇の話やら、汚い話やら、
本当にいろんな種類があるんですねぇ。
でも、私も『こい瓶』みたいな噺は聴きたくないなぁ・・・。

落語に興味がある方はもちろん、そうでない方にも楽しめる落語ミステリでした。
寄席に行ってみたくなりますよ(相変わらずこのオチか^^;)。