門井慶喜さんの「人形の部屋」。
娘の為に旅行会社を辞めて専業主夫になった八駒敬典の元に、元の会社の先輩・溝口が持って
来たのプラスチックの箱に入ったフランス・ジュモー製のビスク・ドール。しかし、その足先
は割れて粉々になっていた。コレクターに借り受けたはいいが、不注意で壊してしまった
という。溝口は、専門知識豊富な八駒に何とかして欲しいと言う。その日の晩、人形の持ち主が
敬典の元に怒鳴り込んで来た。溝口の説明不足で、人形を壊したのは敬典ということになって
しまったらしい。娘のつばめは憤慨するが、敬典は溝口の罪を被り、解決の糸口を探し始める
――(「人形の部屋」)。ミステリフロンティアシリーズ。
装丁やタイトルから暗めの重厚なミステリなのかと思ったら、父と娘のほのぼのとした
日常の謎系ミステリでした。初めての作家さんなのでどうかなと思いましたが、思ったよりも
ずっと読みやすく、楽しめました。
それぞれの話で核となる八駒の知識の広さに唸らされました。ただ、その薀蓄部分が少々
うるさく感じる部分もありましたが・・・^^;
基本的には三作の中篇プラス番外編のような短編が二本の五話で構成されています。ミステリ
として瞠目すべき展開のものはなかったのですが、個人的に好きだったのは表題作の
「人形の部屋」とラストの「お子様ランチで晩酌を」かな。特に「人形の部屋」は八駒の
旅行会社時代に培った薀蓄が一番ぴたりとはまっていて、人形自体にもなかなか興味深い
謎が隠されていて楽しめました。「お子様ランチ~」は、ほのぼのだと思っていた父子関係に
初めてヒビが入り、おや?と思いながら読んだのですが、ラストは親子の絆が感じられて
良かった。それに、つばめの本当の居場所には素直に騙されてしまったし。この辺り、
なかなかテクニックのある方だな、と思いました。
ただ、「お花当番」は隣人の回りくどいやり方にあまり説得力が感じられなかったし、
「夢見る人の奈良」も感心できる解決とは言いがたかった。そういう意味では短いながらも
「銀座のビスマルク」の方がスマートな論理展開で感心しました。
父親と娘の交流の部分は非常に良かった。つばめは第一話の「人形の部屋」では13歳
ですが、非常にまっすぐに育った聡明で明るい良い子という印象。もちろん中学生らしい稚気を
感じる部分もあり、魅力的なキャラクターです。一話ごとに学年も上がって行き、成長の度合いが
伺えたのも良かった。最後では本当に父親思いの良い子だとわかりますしね。
敬典の穏やかな性格も好感が持てました。こと娘のことになると熱くなっちゃうところは普通の
父親と一緒。お料理がやたらに凝っていて美味しそうだし、博学だし、「こんなお父さん欲しい~」
って感じ。専業主夫という設定は、少し前に流行った阿部寛主演のドラマ「アットホーム・ダディ」
を彷彿とさせました。どちらかというと、敬典は阿部ちゃんの役よりはお隣の家の主夫の宮迫の役に
近い感じですが(笑)。
とても読みやすく、ほのぼのした良質のミステリ。さすが、ミステリフロンティア。
ただ、ひっかかったのは、所々で不必要に難しい表現を多発するところ。同じ表現方法でも、
わざわざ難解な用語を使うのは感心しない。語彙力がある証拠だとも云えるのでしょうが、
読者にとって優しいとは言えない。自分の語彙力を読者に押し付けているような印象を受けて
しまった。薀蓄部分に難しい用語が使われるのは納得できるのですが、普通の文でもそういう
部分が所々に見られたのが気になりました。聞いたこともない四字熟語が突然出て来たりとかね。
まぁ、私の語彙力がないせいとも言うのですが^^;
この方、既刊の一作めは豊富な知識や薀蓄を取り入れた美術ミステリなのだとか。その手の
ジャンルは大好きなので、是非探して読んでみたいと思います。