ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

門井慶喜/「天才たちの値段」/文藝春秋刊

門井慶喜さんの「天才たちの値段」。

屋敷の地下に秘蔵されていたボッティチェリの名画、古い土蔵から発見された古地図、真言宗
大刹・石峯寺から出た涅槃図、フェルメールの「天秤を持つ女」の贋作、亡き祖母から出された
暗号――大学で美術史を教える講師・佐々木の元に持ち込まれる様々な謎。美術品の真贋を舌で
見分ける天才的な鑑識眼を持つ神永美有と知り合った佐々木は、これらの問題に神永と供に
挑むことに。連作美術ミステリー。


先日読んだミステリフロンティアの「人形の部屋」で知った門井さん。一作目は私の好きな
美術ミステリということで、早速読んでみました。
これはなかなかの掘り出し物。美術の真贋をテーマに、主人公たちが持てる知識を
使って論理を組み立てて行く課程が丁寧にわかりやすく描かれていて面白かった。探偵役の
神永が「本物」を前にすると甘味を感じるという設定も良かった。神永の「甘味」が出た
瞬間に佐々木がその美術品に対する意識が一変したりして面白い。ただ、神永自身のキャラ
がやや弱いので印象が薄くなってしまっている所は残念。
あと、佐々木自身はそれ程有名な美術史学者ではないのに、これ程頻繁に曰くありげな
美術品が彼の元に持ち込まれるというのが少しリアリティに欠けるかなとも思いました。
美術コンサルタントの神永の方ならば納得もできるのですが・・・。

ただ、それぞれに取り上げている美術品は魅力的なものばかり。美術の真贋というのは本当に
見極めが難しいと思うのですが、神永の「舌」という武器を使うとそれに信憑性を持たせる
ことが出来るから、この設定は非常に有効だなと思いました。まぁ、普通に考えたら
名だたる画家の真作や歴史を変える程の骨董品がそんなに簡単に見つかる訳はないのでしょうけど。
どの話も荒唐無稽というものではなく、一つ一つ考察していって真相に辿り着く形式になって
いるので、それなりに説得力があるので感心。まぁ、専門家や美術に造詣が深い方が読んだら
また違った感想になるのかもしれませんが。素人の私には十分面白い美術ミステリでした。

ほとんどが佐々木が最初に推理して、それを神永が二転三転させるという形になっているので、
佐々木は完全に道化役に近い。美術の専門家の割に、こんなんでいいのかと思う位、毎回
推理が間違った方向に向かうのでちょっと気の毒になってしまった^^;その分神永の天才っぷり
が際立つようになっている訳なのですが。まぁ、大抵、名探偵のワトソン役はそういう役割が
架せられているのですけれどね。

文章は先に読んだ「人形~」同様、難解な用語を使うところに引っかかりはしたものの、
今回は美術ミステリなのでそれ程浮いた感じはしなかったです。美術の薀蓄は馴染みの
ない単語なんかも出てくるので、わかりにくい部分もあり、この手のジャンルに興味がない人
にはちょっと退屈に感じるかも。

一番面白かったのはラストの「遺言の色」。こういう暗号解読ものって好きなんです。
一つ一つ謎を解いて行く課程にワクワクします。もちろん自分では佐々木や神永のように
美術の専門知識なんてないので解けませんけど^^;亡くなった祖母の無言のメッセージ
にじーんとしました。ただ、このラストはちょっと唐突すぎですね。佐々木が何故いきなり
こういう決心をしたのか、あまり説得力が感じられなかったです。この展開が残念でも
ありましたし。「完結」を意識したのかもしれませんが、私はこういう終わり方には
して欲しくなかったです。できれば今後もシリーズ化して欲しいなぁ。


北森さんの狐シリーズと「深淵のガランス」辺りを足して二で割ったような作品。
美術や骨董に興味がある方なら楽しめるのではないかな。
私はこの手のジャンルがとても好きなので、面白かったです。