ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

横溝正史/「殺人鬼」/角川文庫刊

横溝正史さんの「殺人鬼」。

四月始めのある寒い晩、私は奇妙な男に遭遇した。黒い帽子を被り、黒い眼鏡をかけ、黒い外套を
着て、太いステッキをついた片足が義足の男。歩くたびにトコトコと不気味な音をさせていた。
その男は、私が同じ日に知り合った美貌の女の元亭主で、復員して彼女をつけ回しているらしい。
女が心配になった私は、彼女の家を見張ることにした。そして数日後、彼女の現在の夫が惨殺
されて発見された――(「殺人鬼」)表題作他、初期の傑作「百日紅の下にて」も含め、
金田一耕助が活躍する傑作短編を4作収録。


久しぶりの横溝作品。最近横溝賞作品の「首挽村の殺人」を読んで、無性に本家が読みたく
なって手に取りました。なぜ本書を選んだかというと、初期の傑作と名高い「百日紅の下にて」
が収録されている為。この作品はどこかのアンソロジーで誰かが漫画化したのを読んだこと
しかなかったので、以前から是非とも原典が読みたいと思っていたのです。

やー、もう、やっぱり正史は最高です。どの作品も一級品。中でも表題作と「百日紅~」は
面白かった。短編でも、ミステリとしての面白さは全く損なわれていない。長年いろんな
ミステリを読んでるけど、正史を読むとミステリの原点に帰れる気がします。初期の短編ばかり
なので、どれも短編ミステリのお手本のような作品。そして、金田一先生が若い!(笑)
特に、「百日紅~」に至っては、「獄門島」に向かう直前の出来事を描いているので、
ニューギニヤの戦地から復員したばかり。いかにも復員者といった風貌は、世間に知られている
お釜帽でもじゃもじゃ頭のあの金田一耕助と同一人物とは思えない。でも、戦地の友人から聞いた
話だけで推理をしてしまう名探偵っぷりはさすがです。百日紅の叙情的な描写も印象的だし、
謎解きの後の余韻も切なく、とても完成度の高い傑作だと思いました。読めて良かった!

表題作「殺人鬼」は、殺人の謎にも感心しましたが、ラストの「殺人鬼」の正体に「ヤラレタ!」
でした。でも、その後で更にそれが覆されて、結局本当の「殺人鬼」は誰だったのかわからなく
なるというぼやかし方が実に巧いと思いました。

「黒蘭姫」は、犯人はわかりやすく、ミステリとしての驚きはそれ程なかったのですが、
三角ビルのてっぺんにある、三角の部屋の金田一耕助探偵事務所の描写がコミカルで楽しめ
ました。事務所の自慢をする金田一先生が微笑ましい。

「香水心中」は、二つの死体の死亡推定時刻から鮮やかに全ての謎を解き明かしてしまう
推理展開に感心。死体に香水をふりかけた理由もオーソドックスながらも納得させられ
ました。プロローグ部分にもきちんと伏線が張られている所もさすがです。


やっぱり正史はいつ読んでも面白い!正史の作品は学生時代にはまって、短期間で割と一気に
たくさん読んだ為、自分でもどれが未読か把握しておらず、正直どれを読んでいいのかわからない
状態だったりします(だって、みんな似てるんだもん^^;)。まぁ、再読したって別にいいの
ですが(でもどうせなら読んでない作品が読みたい)。
何にせよ、未読の金田一シリーズがまだまだあるなんて、幸せなことです。
実は、「病院坂の首縊りの家」は、いつでも読めるように部屋の本棚に置いてあるのですが、
未だに金田一最後の事件を読む勇気が出ない。金田一耕助の最後の姿を知りたくないという
気持ちが強くて。全ての作品を制覇してからという思いもあるし。ゆっくりゆっくり、
未読の作品をなくして行って、いつかは読みたいと思っています。買ってからゆうに十年は
経っているけど、あと十年は読まない(読めない)かもしれないなぁ(勿体なくて)。
最近読んでいなかったけど(こら)、横溝正史金田一耕助)への愛は今でも格別なのです。