ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

似鳥鶏/「理由(わけ)あって冬に出る」/創元推理文庫刊

似鳥鶏さんの「理由(わけ)あって冬に出る」。

ぼくの通う某市立高校の芸術棟で、最近フルートを吹く幽霊が出るという噂が広まっているらしい。
しかも、幽霊の正体は、数ヶ月前から行方不明になっている三年生の立花先輩なのだという。
その噂のせいで、吹奏楽部の部員たちが来る送別演奏会の為の練習に怖がって来なくなってしまった。
吹奏楽部の高島部長は、噂の真偽を確かめる為、部員の秋野と供に夜の学校へ忍び込む計画を立てる。
同じ芸術棟の美術部所属で吹奏楽部と交流のある僕は秋野に頼まれ、なぜか一緒に行くはめに。
そこでぼくたちは本当にフルートを吹く幽霊と出会ってしまう。ぼくはことの次第を物識りの文芸
部長・伊神さんに伝えるが、伊神さんは「誰かの悪戯だ」と決めてかかる。ことのからくりを
調べるべく、ぼくはにわか「放課後探偵団」をやることに――第16回鮎川哲也賞佳作の青春
ミステリー。


作者にも作品にも何の予備知識もないまま、図書館の「本日返却本コーナー」に置いてあって、
タイトルが気になったので手に取ってみた作品。表紙だけ見るとラノベっぽいけれど、あらすじ
読んでみたら好みそうだったし、何より創元推理文庫だったというのが大きい。ミステリを
読むにあたって、絶大な信頼を置いているレーベルなので(そりゃ、たまにははずれもある
けどさ)。鮎哲賞佳作っていうのも中表紙の解説で知りました^^;新人さんじゃ、名前知らなく
ても無理ないよね!?奥付みると、刊行も去年の10月。なんだ、出たばっかりじゃん!と
思ったら、下に11月再版の文字。あれれ、もしかして結構人気あった作品なのか!?
と驚いたのですが^^;

いやいや、内容にもびっくり。予想外に面白かった。確かに幽霊騒ぎの真相なんかは
金田一少年の事件簿に出て来たトリックと変わらないし、キャラも米澤さんの古典部
シリーズと有栖川さんの学生アリスシリーズを足して2で割ったような雰囲気。オリジナリティ
があるとはあまり言えない。探偵役がイガミさんだし(絶対狙ってるよね、これ^^;)。
でも、主人公の葉山君のキャラがとても良い。途中ちょこちょこ出てくる一人ツッコミについ
笑ってしまった。伊神さんの傍若無人なキャラも面白い。喫茶店で一人だけ堅固にコーヒーを
頼まないエピソードにはウケました。なんだそれ、と私もツッコミたくなりましたよ(笑)。
とても高三には思えない達観ぶりですが・・・芸術棟のヌシっぽいところも江神さん
ぽい(笑)。でも、勝手な行動をしているように見えて、実は周りの人間のことを考えて
さりげなくフォローしてたりするところが懐の大きい人だな、と思いました。

ミステリとしてはそれ程複雑なトリックなんかは出て来ないのですが、本格を意識した
作品であることは確か。芸術棟やら部屋の見取り図なんかもちゃんと挿入されるし。
幽霊騒ぎのトリックと壁男のトリックを明かしたところで終わりだったら、そこまで評価
したい作品とは思わなかったと思う。でも、私がやられた!と思ったのはその先。
プロローグ部分のことをラストまですっかり失念していたことも驚きに拍車をかけたの
ですが(アホ)。ある人物にとって、とても苦い真相が明らかにされます。親切心が
裏切られるほろ苦さ。「可哀想」だと読者の誰もが思わされていた人物の真実の姿。ああ、
こんなからくりが用意されていたのか!と目からウロコでした。そして、更にエピローグで
それまでのコミカルな雰囲気を全て一掃させるある事実の判明に驚愕。確かに、この部分に
ついても冒頭の方に伏線が書かれてあったのですが・・・すっかり忘れてました^^;;
明るい青春ミステリかと思いきや、実に重いラストが用意されてるところがいい。そして、
それを知った葉山君の反応で、彼のことがそれまで以上に好きになりました。こういう風に
考えられる子はそうそういないんじゃないかな。とてもいい子だと思う。
でも、一体これは誰?という疑問は残りましたが・・・。

米澤ファンに殴られそうですが、正直、同じ様な高校生のほろ苦い青春ミステリとして
評価されている「氷菓」よりも私はこちらの方がずっと面白かった。ちなみに、作者は
「にたどりけい」さんとお読みするらしい。変わったPNですよねぇ。おそらくお仲間さん内
では誰も読んでない作品なのではと推察しますが、ほろ苦い青春ミステリの快作として、
是非一読をお薦めしたいです。



追記:
ところで、表紙の眼鏡の女の子が誰かというのがわからないのでネットでいろいろ書評を回って
みたのですが、みなさん同じ様に疑問に感じてるようで。普通に考えたら吹奏楽部の秋山さんか
高島部長、演劇部の柳瀬さんの三人のうちのどれかだとは思うのですが、面白い説では
伊神さんではないかというのがありました。確かに女性でも僕の一人称を使う人はいるし、
伊神さんが男だという記述はどこにもない。これは作者とイラストレーターの仕掛けた
叙述トリックなのではという深読みが出来なくはない・・・と納得させられかけたのですが、
もう一度伊神さんの登場シーンを読み返してみたらなんてことはない、「彼」という表記が
あるので、その説はどうやら無理があるようです(苦笑)。とにかく、伊神さんも含めて、
上記4人の誰にも「眼鏡をかけている」という記述がないから、誰なのか謎。
これから読まれる方は是非推理してみて下さい(笑)。