ミステリ読書録

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島田荘司/「占星術殺人事件 改訂完全版」/講談社ノベルス刊

島田荘司さんの「占星術殺人事件 改訂完全版」。

占星術師・御手洗潔の元に友人の石岡和己が持ち込んで来たのは、昭和11年に起きた
猟奇的な連続殺人事件の関係者による手記。その内容は、6人の処女を殺し、肉体の一部
をそれぞれ切り取って完璧な肉体、すなわち‘アゾート’を作る殺人計画書だった。その計画は
手記通りに実行されたが、手記を書いた画家は連続殺人が起きる直前に密室で殺されていた。
事件が起きて以来40年以上、多くの人間がこの事件の推理を試みたが、ことごとく失敗に終わり、
結局事件は迷宮入りしている。事件に関する重要な証拠を記した手記を手にした御手洗と石岡は
事件の謎を探る為、京都へと旅立つ――名探偵御手洗潔を生んだ著者のデビュー作の改訂完全版。


えっ、今更!?と多くの方から言われそうな本書。実はこの作品、実家の本棚で講談社文庫版
がもう十ウン年以上も積読書として鎮座しておりました。しかし、著者の最高傑作とも目される
この作品、どうも手が出ないまま今に至っておりました。理由は二つ。「斜め屋敷の犯罪」を
読んで、どうも島田さん自体に『苦手』意識がついてしまったことと、本書の重要な殺人トリック
を某金田一少年のうんたら(笑)というミステリ漫画で読んでしまっていたから。ミステリで
トリックを先にばらされること位読む興味を削がれることはない――ということで、ずるずると
読み逃していた訳なのです。でも、やっぱりミステリ好きとしては読んでおかなくちゃいけない
作品のような気がしていたのも事実。そんな時、図書館の新刊コーナーで見つけた本書。『改訂
完全版』なんてものが出てるではないですか。家に本があるのに図書館で借りるとは、我ながら
矛盾した行動だよなぁと思いながらも、この機に読んでみよう!と手が延びたのでした。
ありゃ、前置き長いですね、すみません。

さて本題。前半の占星術の薀蓄やらはいまいち頭の中にすんなり入って来なかったりしてやや
苦戦したものの、大まかな所は非常に面白く読みました。ストーリーの大部分が徹底してこの
事件が何故起こったかという謎の提示のみに費やされていて、余分なストーリーなんかが
ほとんど出て来ないのに驚きました。全てが伏線の為に描かれたという、本格ミステリらしい
ミステリ。謎解きではそれがきちんと回収されるので、なる程、傑作と言われるのもよく
わかるなと思いました。ただ、腑に落ちない点がない訳ではなかったのですが。これが
デビュー作とは恐れ入りますね。今回は改訂版ということで、当時出版された作品と
どこまで違っているのかはわかりませんが。

肝心の犯人とトリックですが、これは前述の通り検討がついていたので、御手洗氏の謎解き
部分での驚きというのがほとんど得られなかったのは残念というしかありません。
これが初読であったら・・・と思わずにはいられなかったです。御手洗氏が天啓を受けた石岡氏
のお札の件でも、普段の私だったらきっと気付かなかったと思うのに、ああなる程と思ったし。
逆に、石岡さんが何故あそこまで曲解できるのか不思議に感じるほど。知っているというのは
こういうことなのか~となぜか上から目線で読んでました(苦笑)。
ただ、冒頭の梅沢平吉の手記の矛盾点なんかは御手洗氏に指摘されて初めて気付いたし、各地に
遺体をばら撒いたり、埋める位置が違っていたりという部分の謎については推理できずにいたので、
論理的に解明されてすっきりしました。ここまで犯人の意図通りにことが運んだこと自体には
疑問を覚えたりもしたのですが・・・(そこは突っ込んじゃいけないとこかも?^^;)。

そういう訳で、ミステリとしての面白さは半減だった訳なのですが、犯人の動機は読んでいて
とても切ない気分になり、犯人に感情移入してしまいました。ここまでの犯罪を犯した末に
得られたものがあまりにも少なく、もっと他にやり方はなかったのだろうかと思わずに
いられませんでした。人を殺した罰だと言われればそれまでではあるのですが・・・ある人物
の末路があまりにも悲しく、やるせない気持になりました。久しぶりにミステリの犯人に
同情した気がする。もちろん、その手法には共感できないですけど。

今回何より驚いたのは御手洗氏と石岡氏の人物造詣。私は「斜め屋敷~」しかこのシリーズを
読んでいなかった為、二人の人物像というものがなんとなくイメージの中にしか存在しなかった
ので、こんな性格だったっけ?と首をかしげてしまいました。御手洗さんはもっと自分の中
ではスマートで颯爽としたイメージだったのですが、驚く程だらしなくてぼんやりした人物。
しかも鬱病で奇矯な行動ばかりしている。そんな情報は全く覚えていなかったので結構面食らい
ました。石岡さんはもっと御手洗さんを尊敬するワトソン役というイメージがあったのに、
どっちかというと御手洗さんの面倒を見るお兄さんみたいな存在。しかも今回はどちらかというと
石岡さんの方が積極的に事件の謎に取り組んでいる。この後のシリーズを読んでいないので、
この関係がずっと続いているのかわからないのですが、石岡さんって、こんなに偉そうな
性格なのか、とちょっとこれにもびっくりでした。こりゃ、「斜め屋敷」も再読しなきゃ
ダメかもな~^^;これは初読の時には全くいい印象がなかったのですが、今読んだらまた
違う感想のような気がしているので(でもトリックはしっかり覚えているけど)。

まぁ、なんだかんだ言って、とても楽しめた一冊でした。思ったよりもずっと読みやすかったし。
後半は一気読みでした。実家の本棚にはまだまだ未読の島田作品が眠っているので、これを
機に他のもひっぱり出そうかなぁ。最近の作品はあまり芳しい評価ではないようなので(←失礼)、
とりあえず初期のものから読んで行こうかな。