ミステリ読書録

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辻村深月/「名前探しの放課後 上・下」/講談社刊

辻村深月さんの「名前探しの放課後 上・下」。

依田いつかは、ある日突然三ヶ月前にタイムスリップしてしまった。タイムスリップする直前の
三ヵ月後の世界では、いつかの同級生が一人自殺する――しかし、なぜかその生徒が誰だかだけが
思い出せない。どうしてもその生徒の自殺を止めたいいつかは、信頼できる同級生何人かに強力を
要請する。そして、彼らの『放課後の名前探し』が始まった――傑作青春ミステリー。


ヤラレタ、ヤラレタ、ヤラレターー!!!ああ~、もう、なんで辻村さんはこうツボを押さえて
くるんだろう。何度泣かされれば気が済むんだ(褒めてます)。このラストは反則だよぉぉ・・・。

実は、ラストを読むまではいろんな所で違和感を覚えながら読んでました。引っかかる場面が
いくつもあって、いろいろ言いたいこともあった。すごく嫌な気分になるシーンもあったし、
今回の作品どうなんだろう?って何度も疑問に思いました。自殺する生徒を止めようとして
一致団結するいつかたちの関係は青春していてとてもいいなと思いつつも、なんとなく展開に
無理があるようにも感じたし、肝心のタイムスリップに関しても途中全くおざなりになっている
のも不満でした。

でも、それは全て辻村さんの仕掛けた罠でした。そして、私はまんまとそれにはめられました。
細かく細かく丁寧に伏線が張ってあるのはいつものこと。それが全てラストで利いてくる。
ああ、こういうからくりだったのか。全てがすとん、と腑に落ちました。ただ、一箇所だけ、
それがある人物の為とはいえ、『騙された!私の涙を返せーー!!』とかなり恨みがましい気持に
なった部分もあるのですが・・・。でも、そうした悔しい思いも、エピローグで全てが報われた
気持になりました。ほんとに、最初に書いたけど、これは反則技だよ、辻村さん・・・この
真相には本当にやられました。そして、とてもとても嬉しい気持になりました。こんな裏切りが
用意されているとは!!でも、この感動を得る為には、先の辻村作品を必ず何作か読んでおく
必要がありますが(敢えて‘どれ’とは書かないでおきます)。本書だけ読んだ人には何が
何やらかもしれないのが残念だけれど。ちなみに、大きなリンクは一作品ですが、ちょこちょこ
他の作品ともリンクしてる描写があります。もしかしたら、私が読んでいない作品ともリンク
してる箇所があったのかもしれないなぁ。気付けなかったとしたら残念ではありますが。

最初、主人公のいつかのことは全然好きになれなかったです。付き合っていた女の子に対する
不誠実な態度なんか、読んでいて本当に腹が立ったし。でも、読んでいくうち、彼は基本的には
とても優しくて、きちんと育てられた子なのだとわかりました。例えば、あすなの祖父のレストラン
で食事させてもらう時、驕ると言われてもちゃんとお金を払おうとするとか。お礼を言えるのは
もちろんだけど、毎回驕ってもらうことに引け目を感じてクリスマスの準備を手伝うことを申し出る
とか。与えられた好意に対して、ただそれを甘んじて享受するだけじゃなく、きちんと相手に礼儀を
尽くそうとすることが出来る子なんだな、と嬉しくなりました。辻村さんは、‘人がこうしてくれる
と嬉しい’と思うことをさらりと書くのがほんとに巧いと思う。そして、じんわりと胸に突き刺さる
ような優しさを感じるのです。

個人的にはあすなのおじいちゃんがツボでした。なんて格好いいおじいちゃんなんだろ。こんな
祖父に育てられたあすなはやっぱり、とても良い娘に育ったと思う。少し気が強くて、誰よりも
負けず嫌いだけれど、人一倍努力することを惜しまない。コンプレックスもたくさんあるけど、
きちんと地に足をつけて生きている。そうやって、これからも生きて行く。そうであって欲しい。

そして、「異邦の騎士」に続いて、本書でも重要な場面でドビュッシーピアノ曲アラベスク
が出て来てびっくり。一体何の運命のいたずらかと思いましたよ^^;そして、このピアノの場面
でも嬉しいリンクがあります。ああ、こういう時系列なんだね、と目からウロコでした。

とにかく、辻村ファンならば絶対必読の一作です。このラストには間違いなくしびれるはず。
それまでの長い前フリが全て報われる一瞬が味わえますよ。素晴らしい青春小説でした。