ミステリ読書録

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金城一紀/「対話篇」/講談社刊

金城一紀さんの「対話篇」。

僕は、大学時代に知り合ったある友人のことを思い出す度に、十四歳の頃、初めて真剣に
好きになった彼女のことを思い出す。『この子を守るためなら死んでもいい』とさえ思えた程
好きになったのに、つまらない僕のヒロイズムで手を離してしまった彼女のことを。僕のその
友人は、自分のことを親しくなった人間を死に至らしめてしまう≪死神≫なんだと僕に言った。
そして、死神の彼は大切な人を作らないように、ずっと孤独で生きて来た。でも、彼は大学で
運命の女の子と出会ってしまう。彼はぼくに切なく悲しい恋の顛末を語ってくれた――(「恋愛
小説)」。他者との「対話」によって少しづつ拓かれて行く静かでやさしい世界を描いた中篇集。


「映画篇」がとても良かったので、今私が一番気になる作家の一人になった金城さん。二冊目
はnikoさんからお薦めされた本書を選んでみました。実は「映画篇」を読む前に開架で見かけて
気になってはいた作品だったのですが、恋愛小説と聞いていたのでいまひとつ食指が動かな
かったのです(恋愛小説オンチ)。
でも、確かに恋愛をテーマにした作品ではあるけれど、根本にあるテーマは死と対話。そして、
愛。私の苦手な恋愛小説とは大きく隔絶した作品でした。なんて、静かに心に響く物語なんだ
ろう。どの話も二人の男性の対話を元に構成されていて、その内容は片方の過去の恋愛話。
坦々と語られる過去に派手さはありません。それでも、じんわりと沁み込む優しさと切なさに胸が
しめつけられるような気持になりました。過去の恋愛に登場する女性たちはみんな語られる
現在には亡くなっていて、記憶の中にしか存在しない。思い出は美しく、だからこそ切ない。
語られる側も、また、相手との対話によって自分の中にある新たな世界が切り拓かれて行く。
上手く言葉に出来ないのがもどかしいけれど、一編一編が深く静かに心に沁みこんできました。
三篇の中篇が収録されていますが、なんといってもラストの「花」が秀逸。不治の病に冒されて
しまった僕と、弁護士の鳥越氏との関係がとても良かった。いつ訪れるかわからない死に怯えて
泣き出す僕を、優しく包み込んであげる鳥越氏の温かさ。別れた妻の姿を忘れてしまった鳥越氏
の記憶を取り戻す旅に最後まで付き合ってあげる僕の優しさ。二人が辿り着いた旅の終わりに
見たもの。鳥越氏の妻の真実の心。二人と同じように、私も泣きました。
実は、この作品で僕が冒される病に実際罹っている人間が身近にいます。だから、僕のことが
他人事には思えなかった。いつ『その時』が来るかわからない恐怖と隣り合わせの日常。ふと
した瞬間に思い出してしまう自分の身体の現状。それはどんなに恐ろしいことだろう。私が
打ち明けられた時には、鳥越氏のように包み込むなんてできなかった。どういう反応をしたら
いいのかわからず、ただ動揺して言葉が出なかった。その苦い思い出が蘇ってきました。
だからこそ、二人の関係が羨ましかった。多分、もう、二人の間には言葉はいらない。青い花
さえあれば。

ああ、支離滅裂ですみません。とにかく、とてもとても良かったです。金城さんの物語は
ほんとうに優しく心に響く。私はもう、この作家のことが愛おしくてならない。多分、
書架で見かける度に借りてしまうな(っても、そんなに作品数ないのだったーー!ガーン^^;)。

この作品も映画化されてたんですね。本当に映像化の多い作家さんだなぁ。本書でも映画が
結構重要な要素として使われていて、「映画篇」にも繋がっているように思えました。

表紙のシンプルさにびっくりしますが、この坦々とした静かな作品にはこの上もなく
似つかわしい気がするな。

派手な話ではないので、物足りないとかつまらないと感じる人もいるかもしれない。
でも、私にとっては心の琴線に触れる物語でした。「映画篇」と供に、大事な一冊に
なりました。
私はもう、金城さんが大好きだ。