ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

愛川晶/「芝浜謎噺」/原書房刊

愛川晶さんの「芝浜謎噺」。

二人会でかけられた福の助の『野ざらし』。会では上々の評判だったが、その後の打ち上げの席で
足袋の老舗『桔梗屋』の主人の義理の息子から『落語なんて実にくだらない』と暴言を吐かれて
しまう。『野ざらし』のストーリーに納得いかない部分があるというのだ。それを受けた福の助
は落ち込んでしまう。一方、福の助の妻・亮子は、苦手な伯父からとんでもない相談を受ける。
携帯電話の出会い系で出会った女性と一緒にいる所を、近所に越してきた怪しげな拝み屋の女に
見られて困っているというのだ。伯父は区の教育委員長に推薦されており、スキャンダルは
ご法度らしい――(「野ざらし死体遺棄事件」)。本格落語ミステリー第二弾。


落語を演じながら鮮やかに謎を解いてしまう異色落語ミステリーの第二弾。中編が三作入って
います。前作よりもずっと完成度が高くなっているように感じました。とても良かった。
一番完成度が高いと思ったのは表題作の「芝浜謎噺」。消えた指輪の謎と、難物の『芝浜』を
いかに福の助の弟弟子・亀吉に上手く演じさせることが出来るか、という二つの難題を落語を
改作させることによって鮮やかに解決に導きます。扇子の煙管を逆にするというたったそれ
だけの動作を付け加えることで、全く違う解釈が出来てしまうくだりにはまさに一本取られた!
という感じ。その上、全く無関係に思えた指輪盗難事件にも見事に論理的に説明がつくところも
お見事。落語とミステリの絡め方が絶妙です。落語の魅力も十二分に伝えつつ、きちんと本格
ミステリであるところがにくい。

前作ではやや不満だった福の助の人物造詣ですが、今回は前作よりも性格がはっきりしたように
思いました。ただ、その性格自体は相変わらずいまひとつ好感が持てなかったのですが・・・
前作では掴み所のない性格という印象だったのですが、本書を読んで随分亭主関白なタイプ
なのかもしれない、と思いました。その割に自分のやった落語にダメ出しされて落ち込んで
「落語家やめようかな」とまで思いつめてしまう精神の弱さも伺わせていて、やっぱり性格の
印象が一致しない人という感想を持ちました。

それに反して今回も素晴らしかったのは馬春師匠の人物造詣。筆談でのたったあれだけの言葉が
全ての解決に導くヒントになっているのがすごい。頭脳の閃き方が半端じゃない。何より、ラストの
『試酒試』での弟子を思いやっての行動に胸が熱くなりました。話としてはこれが一番好き。
亀の人形を持ってこさせるシーンが最高。もちろん、師匠の落語に関しても、実際その場で
聴けたらどんなに良いだろうと思いながら、感動している亮子に感情移入しまくりで読みました。
人情話としても素晴らしい作品です。馬春師匠の人となりの魅力が何よりこの作品のキモに
なっているように思います。次回以降も落語を披露してほしい・・・(リハビリしてくれ)。
馬春師匠が高座に上った本当の理由と、似合わない老人ホームに行っていた理由がラストで
明かされ、すとん、と腑に落ちました。誰よりも落語を愛して復活したがっていたのは本人
だったことがわかって嬉しくなりました。ラスト一行の福の助の台詞のオチがいいですね。

落語の魅力、ミステリの魅力、人情話としての魅力、全てが上手く融合されていて非常に読み応え
のある作品です。落語がお好きな方はもちろん、そうでない方にもとても読みやすいミステリ
になっているので楽しめると思います。ほろりとさせる部分もあり、読後感も爽やかでした。

作中に演じられた改作版『野ざらし』は実際高座にかけられたそう。ミステリリーグのHPから
入れば聴くことができるというので、是非聴きに行ってみよう^^
(ちなみに、聴くにはパスワードが必要なのですが、本書のあとがきに明記されています)

作者の中ではすでに三作目の構想があるそうなので(次は怪談噺!)、楽しみ楽しみ。