稲見一良さんの「花見川のハック」。
孤独な少年・可音は、映画館で知り合った老人・風間の自宅に出入りするようになる。老人の家
には映画を上映できるスクリーンがあった。ある日、二人は風間の自宅で「オクラホマ・キッド」
を観る。その映画に影響された可音は、自衛隊のC-1輸送機を盗んでオクラホマに行くことを
提案する。その提案を聞いた風間はその日からC-1をどうやって盗むかの計画を立て始める。
そして彼らの計画が決行される日が来た――(「オクラホマ・キッド」)。癌と闘い続けた作者が
ベッドの上で書き上げた珠玉の遺作短編集。
以前「猟犬探偵」を読んでなかなか好みの文体と作風だったので、他の作品も読もうと思って
いた稲見さん。本来ならば評判が良いので古本屋で購入して積んである「ダック・コール」を先に
読むべきなのですが、図書館でぽつねんと置いてあった本書が妙に気になって借りてみることに。
で、読み終えてネットでいろいろ書評を検索していたら、本書は稲見さんの遺作であることを
知りました。確かにご自身の死を投影させるような作品がとても多い。どの作品にも『鳥』が
出て来ることも、おそらく本人が病床を飛び出して空に飛んで行きたいという思いの表れなの
ではないかと思いました。最後に収録された『鳥』はまさに辞世の言葉のようでしたし。
稲見さんはきっと鳥になって天に飛んで行ったのでしょうね・・・。病気を抱えた登場人物が
とても多いですが、どの人物も自分の死を覚悟しながら、最後まで生を全うしようとする。
物語は淡々と進むものが多く、銃や刀や暴力などの派手などんぱちがあったりするのに、どこか
全体に静寂の空気が流れていて、不思議な安堵感があって、一つ一つの言葉が胸に沁みました。
ノスタルジックな雰囲気と、男のロマンが詰め込まれた作品は読んでいてとても心地が良かった。
本書では老若男女入り混じっていろんな人物が主人公になってますが、どの人物も不良だったり、
天涯孤独だったり、病魔に侵されていたり、理由ありの人ばかりだけれど、共通して言えるのは
みんな基本的には優しく温かく、人の為に動いてあげられる人物だということ。主人公と他の人物
との交流に心がほんわか温まりました。
正直よくわからない作品もありましたが、そんな作品もどこか愛おしく思えるような、稲見さんの
全てが凝縮された短編集なのではないかと思いました(他に一作しか読んでないけど^^;)。
特に好きな作品は冒頭の「オクラホマ・キッド」と表題作の「花見川のハック」、「不良の
旅立ち」。共通して言えるのは三作とも冒険を求めて旅に出ること。少年が新しい何かを
求めて冒険に出かけるというシチュエーションは、かつて「トムソーヤーの冒険」や「ハックル
ベリーフィン」を読んで胸をときめかせた十代の頃のわくわくするような読書体験を思い出させて
くれました。「不良の旅立ち」の島での冒険の部分では、大好きだったアニメ「不思議の島のフローネ」
を思い出しましたし(普通はそこで「ロビンソンクルーソー」か「宝島」あるいは「十五少年
漂流記」辺りなのでしょうけど、私は読んでないので^^;)。短編なのに、すごくどの作品も
内容が濃かったです。「花見川~」の空飛ぶナスとの交流は面白かった。いきなりファンタジーに
なって面食らったけれど、最後は爽快!情景を想像するとぷぷぷ、と笑ってしまいました。
稲見さんの文章や世界観はとても好き。「ダック・コール」も早く読まなきゃ。
私はまだまだ未読があるけれど、多くが絶版になっていて読めない作品も多いらしい。
とても残念なことです。もちろん、一番残念なのは、作者の稲見さんがもうこの世に
いらっしゃらないことですが。
とても良かった。素敵な一冊に出会えました。